受験生 余裕をもって 頑張れよ2009年01月19日 20時32分31秒

先週の修羅場に比べて、今日の車内は随分と和やかで冗談を言い合ったりする時間もあった。
所々に面倒くさい作業が混じってきても小言を漏らしながらやっていると気持ちが楽になって、口で言っているほどの苦痛に感じなかった。
これでこそ大学の同窓生という関係で構成された会社の良いところだ。

俺個人としても日曜に開放的な時間を過ごせた事から精神的な余裕があって、普段はあまり付き合わない戯れ言に口を出してみたりした。
快調だったのは口だけではなくて途中に躓きそうな場面は何度かあったけれど、順調に手を動かし続けることができた。
残念といえば、昼食後の昼休みを睡魔に襲われてしまって仮眠に費やしてしまったことくらいだ。

今日は車内に余裕という言葉を取り戻した感じの一日だったのだが、世間に顔を向けてみると大学入試とかアメリカ大統領の就任式なんて単語が聞こえてくる。
大学入試の方は「受験生に落ちるとか滑るなんて言ってはいけない」なんて話からネタを拾ったりして何度か話題に上っていた。

受験生に「落ちる」「滑る」は確かに縁起の悪い単語かも知れない。
だれど、そんな言葉が気になるほど余裕を失っている状態へ陥っている人がいたら、落ち着かせてやらないと本気で失敗すると思う。
それこそ受験生本人が「受験生に向かって何を言いやがる」とツッコミを返せる程度の精神状態を保ってやるべきだ。
周囲が「アレを言っちゃいけない」とか気を遣ってしまうと、逆に雰囲気が悪くなったりプレッシャーを与える可能性だってある。

俺はどちらかというと気を遣われるのが嫌いだったから自分で滑ったとか落としたとか言っていた。
そんな態度で居られたのは合格する自信があったからじゃないのか、と思われるかも知れないが俺の見積もりで勝率は 5割程度だった。
余裕なんて無かったけれど、焦ったら悔やんだりしたところで点数が良くなるわけでもない。
ならば、磁針がある振りをして自己暗示でも掛けていた方がマシだと考えていた。

本当のところをいうと、受験シーズン目前に父親が会社の伝手で受験に失敗した場合の受け皿を用意してあるとか言ってきた事に対する反発が何よりの力となっていた。
父親は心配しての行動なのだろうが、俺から見れば失敗すると決めつけられている気がして酷く腹が立った。
俺が受験に失敗したとしても父親の用意した受け皿へ収まるような人間でないと理解していない事が何よりも悔しかった。

こういう怒りさえも勉強する力に変えられたから今があるわけなのだが、今の俺はそれほどの精神力を持っているだろうか。