挨拶を 交わした後の 暗い闇2009年01月20日 21時03分41秒

俺の頭の中には夜盲症が発動した状態で夜道をあるくためのスイッチが存在して、視覚や聴覚の使い方や集中力の傾け方を切り替えている。
基本的にスイッチの制御は無意識下で行われていて、玄関を出たり電車から降りると言った行動がキッカケに切り替わって、数十秒後に闇の中を歩くための準備が整う。

平常時と何が違うのかと言葉にするのは少し難しいのだけど、耳に入ってきた音が何処から聞こえて、何の音なのかを細かく解析するようになる。
他にも足音から大雑把な人数を割り出していたり、視線が路面よりも街頭や窓から漏れる明かりを指標として探すようになる。
何よりの平常時と違う事は人を含めた殆どの存在を障害物と認識して、何かとコミュニケーションを取ろうという意識が皆無となる。

今日もそんな精神状態へ移行するスイッチは正常に機能していたのだけど、会社を出て 50mほど歩いた地点で「こんばんわ」と連呼する物体に遭遇した。
同じ単語を耳にすること 3回目で初めて自分と声の主しか人が周囲に存在しない事を理解した。
そして、擦れ違った地点で聞こえた挨拶が自分へ向けられているのではないかと疑い始めた。

その状態から一気にコミュニケーションの無効状態を解除して、ヤミに染まって全く用紙を確認できない声の主の識別を始めた。
そもそもに地元ではないから俺にしつこく声を掛けてくるような人物は数が限られており、最初にG社長のお母さんの可能性を考えた。
けれど、言葉の訛りがない事から否定されたのだが次の可能性が出てこないまま完全に通り過ぎてしまった。
声の主は俺と擦れ違った地点で足並みを変えた事が足音から分かって、間違えなく 4度目を数える「こんばんわ」は俺に向けられている事が明らかになった。

停止状態のコミュニケーション能力をフル稼働させながら振り返ってみると、問題の人物が街頭の下へ入っていて体型という情報が加わった。
そこから一気に記憶が巡って 5回目の挨拶と「分かる?」という心配そうな言葉を聞いたところでやっと該当する人物を見つけることができた。
その声は自前で弁当を用意する以前に通っていた弁当屋さんだった。
久しく出向いていないので記憶の隅っこに埋もれていた上に、コミュニケーションを考えないモードだったから随分と時間が掛かってしまった。

どうにか 6回目の「こんばんわ」を聞く前にこちらからの挨拶を返すことができたけれど、我ながら失礼なことをしてしまったものだ。
確か夜盲症の事は話した覚えがあるから察してくれていると思うが、あまり良い気分ではない。

それよりも問題なのは弁当屋さんと分かれた直後、目の前に広がっていた光景だ。
もちろん先ほどと同じヤミの世界なのだけど、スイッチが切れているとまるで違った景色に見えてくる。
そのギャップは凄まじくて一瞬にして脂汗が吹き出してくるほどの緊張感に襲われて、思わず立ちすくんでしまいそうだった。

そんな状態は会社から最寄り駅まで行程の 3分の 2も続いてくれて、酷く気持ちの悪い汗を感じながらの帰宅となった。
正直なところ、これ程までにスイッチの切り替えが上手く行かないとは思っても見なかった。
元より集中力が一度でも切れてしまうと復旧に時間が掛かったけれど、ここまで酷いとは思っていなかった。

今後は気を付けようと思う反面、スイッチを切らないという事は挨拶を無視する事を意味するわけでどうしたものかという新しい悩みが出てくる。