一人だけ 自由気ままに 過ごした日2009年01月18日 21時18分53秒

昨日、父方の親戚に不幸があったとの連絡があった。
亡くなったのは祖父のご兄弟と少し遠い親戚だった事もあり、俺は葬式へ参列せず自宅で留守番をする事になった。
もう一人の家族である姉貴は週末に家へ居ることが少なくて、今週も何処かへ出掛けるとの話を聞いていた。
つまり、今日は自宅の自分しか居ないという開放感たっぷりの日曜となったわけだ。

事の発端が親戚の不幸だから諸手を挙げて喜ぶべき状況ではないのだけど、家中が自分の自由にできる空間となった事に興奮を隠せない。
誰に憚られるわけでもないからそれこそ真っ裸で家中を歩き回ったりもできる。
さすがに真っ裸で歩き回るまではしないけれど、自分の好きな時に好きな事をできるというのは嬉しいことだ。

平日に有給休暇を取っても父親が定年退職して在宅していることが多くて、自宅に自分一人という状況は本当に久しぶりだ。
更に俺の父親は無闇に世話を焼こうとする習性があって、俺が休暇をとったりすると頼んでいないのに自分の予定を変更して昼飯の用意をしたりする。
それもこちらの予定を聞きもせずにやるから、出掛けて昼食を食べてから帰ってくると、俺の席に昼食が置いてあるなんて事も多々あった。

そんな事を数十回と繰り返して、最近は少し落ち着いてきている。
しかし、俺の中にはトラウマのように嫌な印象が染みついてしまっているから、休日に父親と顔を合わせるのが苦痛だったりする。
元よりゆっくりしたい時は一人が一番という人間だから、本当に疲れている時は人の気配がするだけでも嫌悪感を感じる事まである始末だ。

今日なんかは正しく疲れていてゆっくりと休みたい日だったから、心から落ち着ける空間に心の底から癒された気分だ。
実際のところ自室でゲームをやったりコミックを読んだりと普段と何ら変わらない引き籠もり生活だったのだが通常よりもずっとリラックスできていた。
自宅を自由に使える特典を利用しない手はないので 2回ほど入浴したりはしたけれど、基本的はいつも通りのだった。
それでも日が沈むまでの時間が長く感じられたし、精神的な印象は随分と違ったようだ。

やはり一人というのはリラックスできて良い物だと思う。
親戚連中から「彼女を作らないのか」とか言われるけれど、やはり自由な時間が減りそうな気がして乗り気にはなれない。
作ろうと思ってもできると思えないけれど、自分から積極的に求めていこうという気分じゃない。
もしも一緒にいてもリラックスできるような人がいるなら考えるけれど、たぶん人間嫌いな俺から警戒心を完全に取り除ける人はいないだろう。

そんな事を再認識した今日この頃でした。