散歩して 寂しさばかり 目に付いた2009年01月25日 19時03分08秒

今日は自宅で色々とやっていて、気が付いたら夕暮れ間近の16時になっていた。
体調が万全でないからゆっくりしているのも悪くないと思ったのだけど、自室に籠もっていたせいか少し身体が凝り固まってしまっていた。
そんなわけで少し体を動かそうと考えて、久しぶりにサイクリングではなく散歩へ出掛けてくることにした。

サイクリングの方が行動範囲が広くて良いのだけど、日の短い時期だと遠出し過ぎた時に困ってしまうのが難点だ。
今日のように出掛けようと考え始める時間が遅かったりすると、時間的制約により行動範囲が制限されてメリットが消えてしまう。
逆に徒歩であれば日が暮れた後でも集中力を要するけれど帰ってくることができる。
それに自転車で走り回るのと違った視点から見て回ると、何か新しい景色が見えてきそうな気がした。

先日の記事で話題にした 1日で切り倒されてしまった林の跡地をじっくりと見ておきたいと思って足を向けてみた。
さすがに土の山まですぐに撤去する事は叶わなかったらしく、未だに木々が切られて裸になった状態で放置されている。
山の頂上にショベルカーが鎮座している辺りから察するに、林だった場所を削って住宅用地として活用するつもりなのだろう。

林を削って平地にする労力を掛けるほど住宅地に向いているとは思わないのだけど、今更に木々を植え直すなんて不可能だろう。
歩きながら見て回っていると分かるが、土が酷く脆くなっていて植林をしても根が張る前に崩れそうな雰囲気がある。
というか、ここ数日でも崩れかけている場所があるくらいで大雨が降った後なんかに道が塞がっているのではないかと不安を感じる有様だ。

しかし、小さいながらも林があるのとないのでは随分と風景が違って見えるものだ。
見晴らしが良くなったとも言えなくもないが、向こうに見えるものが何もないために寂しいという印象しかない。
そんな林での印象が尾を引いているのか、既に潰れたと知っている店舗の脇を通ったりすると「不景気」という単語と同時に空しさを感じた。

それに引き替え交通量は増える一方らしくバス通りへ続く坂を登り切ると、一気に空気が悪くなるのが分かった。
自宅を出た時は冬らしい鋭さを持った冷たい風があったのだけど、坂の上は冷たさを残っていたけど鋭さが感じられなくなっていた。
恐らくは淀んでいる重たくべっとりとした感触の方が強い影響なのだろう。

鋭さを持った冷気はあまり嬉しい感覚ではないけれど、排気ガスで淀んだ空気を吸うよりマシだ。
こうやって改めて確認させられると、明日からの通勤ルートを遠回りな坂の下コースへ変更しようかと思ってしまう。