文字通り バカとハサミは 使いよう?2019年01月22日 23時45分07秒

艦これの運営によると小規模のはずだった冬イベントだけど、出撃や修理で消費する資材の材料は一通りの効力を完遂した時点で過去最低値を記録して、どれほどに苦労していたのか窺い知れる。
そんなイベントも今日が最終日となっていて、既に消耗した資材の補填作業へ入っている俺だけど、メンテナンス作業へ突入すると緊張の糸が切れたような脱力感に襲われた。
難易度を途中で落としての突破なので心残りもあったけれど、その後で心労の溜まる捜索作業などもあったし、選択肢と間違っていないと再確認しつつも、思い返すとストレスまで再燃する感じだった。

艦これのイベントが閉じられた事で精神的な余裕ができたので、別のゲームで1度だけでもクリアしたいけれど、手持ちのキャラを使い切っても残り僅かで阻まれたダンジョンへ行ってみた。
最後に挑戦した時より幾分か強くなっているので、もしかしたら勝てるかも知れないと突入してみたのだけど、育成の進んでいるキャラを使い切っても残り6分の1ほど的の体力が残っていた。
駄目だろうと諦め半分に半端な育成しかできていないキャラを投入したところ、強力な1撃を未熟な1キャラに食らわせるなどの工夫の末に、奇跡的な勝利を収められた。

全滅する前にリセットすれば、その時の戦闘がなかった事にできる仕様なので試行錯誤の末だったけど、何だかんだでクリアできたので満足しているけれど、気付いたら50分も奮闘したらしくて終わってから驚いている。
しかも、四苦八苦しながら知恵熱を出していたせいか金曜の夜を迎えた気分になっていて、何をやっているのかと軽く呆れている。

里親の 求める条件 なぜまずい?2015年05月01日 23時10分03秒

今朝のニュースで里親の成り手が少なくて、制度として十分に機能していないという話が紹介されていた。
折角の制度なのに活用されていない事は残念だけど、子供の人生を左右する問題である故に手当たり次第に縁談をまとめて良いとも思えない。
そういった複雑な問題を抱えているという話なら分かったのだけど、どうにも経路が違っていて眉間にしわを寄せながら聞いていた。

九段の放送によると、里親となる条件に共働き家庭でない事を含めている場合が多くて、この制限から里親になることを断念するケースを問題だとする論調になっていた。
俺は共働きでない事が条件に盛り込まれていて当然だと思うし、この制限を懸念材料とするようなら里親になるべきでないとさえ感じられた。
このような論調で放送を組んだ編集者は子供の将来を考えているのか疑わしく、テレビの報道が芯から腐っているように思えてしまう。
受信料を強制的に請求してくるのであれば、それなりに考えた上で放送を作ってほしいと考えて当然であり、お粗末な内容ばかりだから未払いが冷えるのではなかろうか。

里親となるのであれば、それなりの経済力を持ち合わせている必要があって、その判断における最低基準が共働きでなくても生活を維持できる事としたのではなかろうか。
仕事が忙しくて里子の面倒を見られないというなら本末転倒だし、交通事故などで片親になった場合などを想定しているなど、条件へ盛り込まれた理由は幾つも考えられる。
むしろ、共働きでないと生活を維持できない人に子育てができると思えないし、折角の里親が忙しさから里子を鍵っ子にするのは教育上に良いことと思えない。

どう考えても共働きNGで里親になれないと諦める人等は真っ当に子育てできると思えなくて、含まれて当然の条件を問題だと指摘する論調は呆れてしまうばかりだ。

憲法が 言葉遊びで 汚される2014年07月04日 23時28分15秒

国会は憲法解釈の変更により集団的自衛権を容認する方向で進んでいる。
個人的な意見としては、集団的自衛権の必要性を認めるけれど、憲法解釈の変更という手段を否定する。
憲法の示す事柄が言葉遊びだけで変わるのであれば、そこから導き出される全てが曖昧になる危険極まりない所行と思える。

それこそ国会や裁判所の有する権利さえも言葉遊びで否定できる。
そんな突飛な事さえも完全に否定しきれず、可能性の一端を前例として歴史へ刻み込んでしまう。
この事を危険と考えられない頭の悪い現国会において、憲法改正に等しい言葉遊びが採決されようとしている。
集団的自衛権の善し悪しよりも先に議論されるべきは、憲法解釈の変更という手段についてだろう。

十分に議論した上で行われると言っていたはずなのに、1月足らずで採決しようとしている辺りに関しても納得できない。
自己の言葉さえも守れないような連中が練った言葉遊びなど、抜け道だらけの危険な解釈に仕上がるに違いなく、大きな災厄の元となりそうな不安を拭い去れない。

運気なし 帰宅の足も 鈍り気味2010年05月20日 20時29分45秒

手を焼いていた作業を何とか完了させる事ができて、意気揚々と帰り支度に取り掛かろうとしたら滝のような雨が降り始めた。
雨足の強さから長々と降り続くことはないだろうと待ち続けること10分、雨足が弱まったところで会社を出てきた。
俺の帰宅時間を狙い澄ましたような雨に嫌な予感がしていたけれど、やはり運気が急降下しているらしくて、駅へ着いてみると長い階段を上っている途中で乗りたかった電車が発射していく音が聞こえてきた。

単純に乗る電車が 1本遅くなるだけなら良かったのだけど、乗り換え先で別料金の掛かる特急が割り込んでくるタイミングだったため、自宅最寄り駅への到着が20分ほど遅れる事になってしまった。
帰り支度を始めたところで大粒の雨が降り始めるという不運があったから、次の電車でも大きなタイムロスを強いられる事は予想したけれど、やはり現実と目の前に現れるとショックが大きい。

更に言えば、今日の作業を明日に持ち越したくないと、残業をして仕上げていたため、帰宅時間は今週中で最も遅くなっている。
帰宅時間の遅れはそのまま俺が顔も見たくないほど嫌悪している姉貴と鉢合わせる危険性が増大を意味するため、非常に暗くて重たい気分での帰宅となっている。
ただでさえ帰宅が遅れた事で気分が悪いというのに、運の悪さが目立っている現状では嫌な予感がしてならず、仕事中の数十倍のストレスを感じている状況だ。

どうやら運の悪さはまだ弾切れとなっていないらしく、前の電車との運転間隔調整のために何度も停車や低速運転を繰り返している。
恐らくは先ほどの大雨の影響なのかダイアが乱れているのだと思うが、少しでも早く帰りたいと思っている俺にとっては拷問のような時間だ。
さすがに木曜ということもあって疲労が蓄積しているから、精神的に不安定な状態が怒りやすくて、さっきから帰宅する事を諦めてしまおうとか考えている自分が居たりする。
これが「死にたい」とか「殺したい」じゃない事が救いだけれども、その領域まで追い込まれる日も遠くない予感がして、本当に重たい気分になってきた。

さて、明日は金曜だから思い切りストレスを発散できると良いな。

手の平で 踊らされてた 一週間2010年04月24日 21時36分44秒

風邪の方も落ち着いたので昔話の続きを書いていきたいのだが、書きたいことを上手くまとめられるか少し心配していたりする。
予定としては今日の話で中学へ入学した当初のエピソードを終わらせるつもりなのだが、どうなる事やら・・・と不安を感じている今日この頃、少しでも楽しんで頂ければと願うばかりだ。

放課後を知らせるチャイムが鳴り終わっても、すぐに帰宅の準備を始める者が少ない中で、俺だけは中身の殆ど入っていない鞄を手に持つと、そそくさと教室を出て行った。
小学校時代に染み付いた習慣による行動であり、朝から休み時間の度に話しかけてきたクラスメイトが疎ましかった訳ではない。
確かに「一緒に帰ろう」なんて言われるのではないかと少しだけ様子を気にしたけれど、女同士の会話に花を咲かせていたので、声を掛けることもなく教室を出てきた。

今もそうだが、俺は自分が人に好かれるタイプの人間ではないと思っているから、普通に人の輪の中で笑っている彼女を見ていると、あれこそが自然の姿だと強く感じられて、触れてはいけないような気がした。
そんな心境もあって少し背中に物悲しさを背負ってしまった帰り道、校門を出てから100mほど歩いた所で、後ろから何かの叫び声が聞こえてきたので振り返ってみると、大きく手を振る女子生徒の姿が見えた。
何やらドラマのワンシーンを再現してるような光景に気恥ずかしさを憶えて、他人の振りをしようと思ったのに悲しいかな校門を出てから左に進路を取った人間は俺だけだった。
あの時ほどに孤独という状況を恨んだことはなくて、他人の振りはできなくても気恥ずかしい行為に付き合う義理もないと無視して、背を向けたのだけど後ろで笑われているような気がして酷く居心地が悪かった。

そんな騒がしい初日を体験した翌日も、学校へ早く着きすぎる事に何の問題も感じなかった事もあって、母親が呆れるほど早い時間に家を出てきて、誰もいない教室で机に突っ伏していた。
学校までの片道15分ほどの徒歩で火照った体が冷め始めて、眠気が感じられた頃合いに再び勢いよく教室のドアが開く音が聞こえてきた。
体を起こさず顔だけ音のした方へ向けてみると、床に両方の手と膝を付いている女子生徒の姿がそこにあって、その口からは「今日こそは勝ったと思ったのに~」と呪いの言葉を思わせる音が漏れていた。

その後の行動は前日と同じような感じで、違いと言えば自分の椅子を運ばずに左隣の席に堂々と座った事くらいだ。
休み時間ともなれば俺の所へやってきてはよくも話のネタが尽きないものだと呆れるくらいに喋っていた。
他の女子生徒と馴染めていないわけでないのに、何故に俺の所へ来るのか理解に苦しんでいる中で、やはり俺の事を知った上で話し掛けてきているのではないかという可能性が次第に大きくなっていった。
しかし、彼女との会話は殆ど世間話ばかりで素性に触れる内容が殆ど含まれていなくて、最初に話し掛けられてから新たに得られた情報といえば名字くらいだった。

多少の探りを入れてみようかと考えながらも、何か困る事があるわけでもないからと言い訳をしながら、下手な行動によって今の関係が崩れる事を恐れていた。
小学校時代の俺に関する話噂として流れている様子も、時折に見受けられるようになってきたし、数日と待たずに誰も寄り付かなくなると思っていたから、余計に自分から何か行動を起こそうという気にはならなかった。

噂が流れる中での微妙なバランスで続く楽しい学校生活が 7日目の夜に、母親が「そういえば、あの子と初めて同じクラスになったそうなじゃない」と言い出した。
誰のことだか分からずに首を傾げていると、母親が「昔に良く一緒に遊んでいた女の子がいたでしょ。幼馴染みの」と言葉を付け加えてくれて、俺の天敵とも言える男勝りな女の顔が頭に浮かんできた。
しかし、俺に喧嘩の仕方を教わった挙げ句に、その技の標的を常に師匠へ向けてくるような凶暴な女が自分のクラスに居た覚えがなくて、右に傾けた首を左へと捻っていた。

そんな俺の様子を見ていた母親が怪訝そうな顔で「あんた、あの子の名前を言える?」と聞いてきたので、ノリコという天敵の名前を答えると「名字は?」と続けざまに質問を投げ付けられた。
その質問に答えられずにいた俺に対して、母親が溜め息混じりに教えてくれた幼馴染みの名字を聞いて、色々な疑問が一気に解消される事になる。
そう、入学当初から俺に寄ってきていた女子生徒こそが天敵として恐れていた幼馴染みのノリコでだったわけだ。

そうと分かってしまった翌日、いつも通り誰もいない教室にいても机に伏せる気分になれず、礼によって 2番にて現れるだろうクラスメイトを待っていた。
行きよい良く扉を開けるパターンは既に終わっていて、普通に教室へ入ってきたノリコは居眠りの体勢を取っていない俺を見るやいなや「やっと分かったか、こんちくしょうめ」と頬を吊り上げて笑った。
その表情は悪戯に成功した悪ガキを連想させる笑顔で、会話の中で素性を探れなかった事も、違和感を感じながら確信へ近づけなかった事も、全てノリコの策略だったと物語っていた。

ノリコが語ったところによると、俺が彼女に気が付かなかった事への仕返しではなくて、女の子らしくなった証拠として何処まで気付かれないで過ごせるか試していたらしい。
俺は小学 3年を最後にノリコと顔を合わせて会話をしておらず、学校でも同じクラスになった事が 1度もなかったので、子供の頃の印象で完全に止まっていた。
その時代におけるノリコは男勝りの活発過ぎる女の子で、お淑やかになれと注意を受けるようなタイプだった。

色々と心境の変化があって女らしさに目覚めた結果、印象ががらりと変わってしまったために、人の名前と顔を覚えるのが苦手だった俺は全く気付かなかったわけだ。
中学に入学した時点で俺が知っていたノリコは彼女の中で黒歴史扱いだったらしく、幼馴染みの名字を知らないという失礼に対する怒りよりも、自分が大きく変われた事が照明された喜びの方が大きかったらしい。
俺としては掌で踊らされていた状況だったわけで、面白くなかったけれどふてくされる以外に何もできなかった。


ここまでで中学入学からの 1週間のエピソードは終わりで、中休みを挟んで 3日間に渡る連載は一段落だ。
何とか書き終わってホッとしているのだけど、楽しんでもらえたのかどうか少し不安も少しある。
連載を続けろと言われても困るから、コメントを下さいとか言いづらいのが悔しい今日この頃だ。

楽しくも 何処か気になる 話し振り2010年04月22日 19時43分23秒

中学入学当初の昔話が今日で 3日連続となって、意図せず連載となってしまっているのだけど、この話はオチがないから何処で止めてよいのか分からず、苦笑を滲ませている。
とりあえず今日か明日くらいで一段落としたいと思いつつ、続きを書いてみる。


学校という空間で人に話しかけられる状況に軽く混乱している俺を置き去りにして、目の前の女子生徒は喋り続けていた。
話の内容は 8割近くが右から左へと流してしまっても構わないレベルの世間話が殆どだったので、適当な相づちを入れながら中学校生活で最初で最後となるかも「俺に話しかけてきた女子」の人間観察をしていた。
表情の豊かさは百面相と称しても良いレベルで、裏表の性格と人に媚びたりしない性質が見て取れて、人間性は及第点なのだが少しばかり騒がしいところが玉に傷だった。

その騒がしさにも慣れ始めた頃になると、ちらほらと廊下を歩く生徒の姿が見えるようになってくると、少しずつ目の前の騒音源がテンションを下げていき、教室の座席が半分ほど埋まった頃には普通の会話になっていた。
最初の方は相づちを入れているだけで満足してくれていた女子は、いつの間にやら俺にも発言を促すようになっていて、まともな会話として成立する状況が作り出されていた。
強制ではなく流れの中で状況をコントロールする能力を有する辺りを見ていると、静かな学園生活を望む俺としては少しやっかいな相手となりそうな予感がした。

結局のところ彼女はホームルームが始まる直前まで喋り続けて、自分の席へ戻る時に「また後で」と言い残していった。
その言葉通りにそのクラスメイトは休み時間が来ると当然のようにやってきては次の授業が始まるまで話し続けたため、その日の内に俺の隣の席は彼女に明け渡されるリズムが定着していた。
小学校時代から全く想像もできない賑やかな学校生活も、懐いてきた女子生徒の相性のおかげか午前中で違和感を覚える事は無くなっていた。

居心地の悪さがない反面で彼女の会話の節々に、俺の人間性を知りながら話題を振っている気配が感じられて、喉元に小骨が刺さったような違和感があった。
あまり人の顔や名前を覚える事か得意でないと自覚しているが、さすがに自分の人間性を晒け出したことのある知り合いなら覚えているはずであり、目の前の少女は記憶に該当者がいなかった。
実質的に俺のことを知っているはずがないのに、話の振り方はテレビをあまり見ない事や、猫よりも犬の方が好きなこと、音楽やアイドルに関する話題は振るだけ無駄、といった事を心得ているようにしか思えない。

ここまで仲良くしてもらっておいて「前に会ったことある?」と聞くのも失礼なこと極まりないので出来ず、とりあえず妙に人懐っこいクラスメイトと認識してつく会うことにした。


終わらなかった・・・
問題の女子生徒の正体を暴いたところで一段落とするつもりです。

期待より 大きな一歩 気圧されて2010年04月21日 19時22分22秒

今日は覚えていたので昨日の続きを書いていこう。
ちなみにこの先の話はうろ覚えの部分が多いので、少し脚色を入れていくので悪しからず。

教室の入り口で悔しがっていたクラスメイトと思われる女子は、最後に大きな深呼吸してから移動を始めて、俺の座席から左隣の3つ前にある机に鞄を置いた。
そのまま机を見下ろしながら何か考えていた後、何かを思い立ったように頭を上げると、俺の前まで自分の椅子を運んできた。
何が始まるのかと見守っている俺と向かい合わせとなるように椅子を置いて、座るのと同時に溜め息を声に出しながら机へ突っ伏した。
しかも、頭を下げる勢いはポニーテールが無知のように襲ってくるほどで、避けるという手間を負わされたけれど、目の前に鎮座する生き物の行動が面白すぎたのか嫌な気にはならなかった。

跳ね上がった髪の毛が落ち着いた頃に、今度は勢いよく頭を上がると「おはよう」とやたらと力強い口調で挨拶をしてきたので、色々とタイミングが狂っているせいか言葉がすぐに出なかった。
こちらの心境を察したのか、ただの勢いなのか分からないが、俺が挨拶を返す前に「おめでとう、あんたが一番早く登校した新入生よ」と勝手に祝福し始めた。
それだけ言うと再び机へ突っ伏して、呆気に取られている俺を置き去りに自分の世界へ飛び立ってしまったようだった。

とりあえず挨拶を返していなかった事を思い出して、後頭部に向かって挨拶をしてみると、勢いよく顔を上げると「私は一番早く登校した新入生の女子よ」と拳を握りしめて吠え出した。
その後も女子生徒は深呼吸をしてから、家を出てからの話を矢継ぎ早に並べ立て、最後に他のクラスが誰も来ていない事を知って心を躍らせていたのに、たった 1人の先客の存在にどれだけショックを受けた力説してくれた。

俺は適当な相づちを入れつつ、自分に話しかけてくる奇妙な女子を眺めながら中学校という新しい環境での生活が始まったのだと実感していた。
それというのも小学校での俺は「超」が付くほどの問題児として知られており、教師でさえも声を掛けてくる事がないなんて生活を送っていて、教室で誰かと話をしている姿なんて想像できなかった。
しかし、学区の関係で俺と同じ中学校へ進学する生徒が学年に10人も居なかったので、先入観を持たれず生活できるのではないかと淡い期待をしていた事は間違えない。
しかし、初日から女子と対面で会話をするような事になるとは思いもよらなかった。


という所で、今日の分は終わりにしたいのだけど、話があまり進まないな。
少し描写を入れているから打つより考える方が長くなっている気がする。
「たまにはこういうのも悪くないかな」と思っているのだけど、読む側はどうだろ?

朝一の 静けさ破る 来訪者2010年04月20日 19時22分52秒

昨日に引き続いて今日も今週中に片付けた案件の 1つをドキュメントの修正を残すばかりと完成度を 9割近くまで高めることができたので、足取りも軽く会社を出ることができた。
今日は朝から気分が良くて、少し昔を思い出したりする余裕があったりと、自分でも意外だと思ってしまうほど精神的に安定している。
歓迎すべき状況である事は間違えないのだけど、この先にどのような落とし穴が待ち受けているのかと想像してしまうと、背筋がゾッとするような不安に駆られてしまう。
しかし、折角に気分がよいのだから余計なことを考えるのを止めて、朝の続きで昔話でもしてみようかと思う。

俺が中学校へ進学して間もない頃、生活リズムを帰ることが面倒に感じたので小学校と同じようなペースで家を出ていた。
中学から集団登校から解放された事に加えて、学校までの距離も短かったのでクラスはおろか学年中で最も早い登校となっていた。
小学校時代の生活が荒んでいたこともあって、どちらかと言えば孤独を好むような性質を既に備えていたので、誰もいない学校に対して気味悪さではなく、居心地の良さを感じていたくらいだ。
それに放課後とは違って物悲しい雰囲気が感じられないので、本当に静かなだけの教室と言った印象だった事をよく覚えている。

静かな教室の中を独り占めにしながらも、何をするでもなく机へ突っ伏して目を閉じていると、初めて学校という空間の中に居場所を見つけた気がして、安らぎを感じた事を今でも良く覚えている。
そんな心地よい空間が10分ほど続いて、寝入ってしまいそうになった頃に、ちらほらと人の気配がし始めて、学校が本来の騒がしさを取り戻す時刻が近付いているのだと思うと、少しだけ寂しさを感じた。
それでも新入生の教室はまだ誰も来ていないらしくて、もう暫くは落ち着いた時間を過ごせそうだろうと、眠気で重たくなった瞼を擦りながら余韻に浸っていた次の瞬間、教室の扉が大きな音を立てて開け放たれた。

あまりに急な出来事だったのでポルターガイスト現象でも起きたのかと、開け放たれた扉の方へ視線を向けてみれば、肩で息をしながら仁王立ちしている女子生徒の姿が目に入った。
問題の女子も俺の方を凝視して、何から言い足そうにしながらも呼吸が整わずに声を出せない風にしていたので、とりあえず俺の方から声を掛けることはせずに待ってみた。
教室の扉が悲鳴を上げてから20秒ほどだったろうか、見つめ合っている時間は随分と長かったように思えた。
ようやっと言葉を絞り出した女子生徒は今にも膝を折りそうな悲壮感を身にまといながら「絶対に一番だと思ったのに・・・」と悔しがった。


なんて事が昔にありました。
良い思い出なのですが、少々に分量が多くなりそうなので、続きは明日にします。
おぼえていたらね・・・

台風へ 挑みし過去を 振り返り2009年10月06日 21時17分34秒

天気予報を眺めていると関東地方への上陸が心配される台風があって、その勢力が過去最大級となる見込みだと警戒を呼び掛けていた。
しかし、過去に上陸が心配された台風が目前で針路を変えていく姿を何度となく見ていることに加えて、風や大雨の被害に遭った経験がないためか危険を実感することができなくて、何処か海の向こうの話を聞いているような気分だ。
もちろんニュースなどで台風の爪痕と呼ばれる光景は目にしているので、甘く見ては行けないと頭で分かっているのだけど、情報でしか知らない危険よりも今まで何とかなってしまった経験を優先してしまう傾向が強い。

過去の経験で言えば、高校時代に台風の直撃を受けている真っ直中を 3段ギア装備のママチャリを走らせて、自宅から12km先の学校まで行ってきたなんて経験がある。
高校の規程では午前 7時の時点で所定の路線が運休していないと休校にならないと定められていて、家を出るべき時間になっても遅延の報告はあっても運休という情報は入らなくて通学しなければならなかった。
そんなわけで雨合羽を羽織って家を出たのだけど、強い風に流された雨粒は正しく横殴りに襲いかかってきたため、首筋から進入した雨水のおかげでずぶ濡れとなっていたのを良く覚えている。

苦労を重ねた末に学校へ辿り着いてみたけれど、ホームルームの時間を過ぎても自宅から歩いて来られる連中しか姿を見せなくて、俺の教室に至っては誰も居らず担任すらも登校してこなかった。
ホームルームの時間が終わる頃に別のクラス担任が教室に顔を出して、教師も殆ど登校できていないので休校になると、一言だけ残して次のクラスへ同じ報告をしに行ってしまった。
もちろん放課後のような誰も居ない教室にポツンと 1人だけ座っている状況で、授業が始まるなんて思うほど馬鹿ではなかったが苦労して登校したのが無駄だったと知った時の言いようがない脱力感は今でも良く覚えている。

そんな脱力感と疲労から再び台風の中へ飛び出す気力も起きるはずもなく机へ突っ伏していると、30分ほど遅れて担任が登校してきて俺の姿に驚きの声を上げていた事も良く覚えている。
しかも、俺の交通手段を聞いてきた時も「自転車なんだよね?」と電車や車で登校という一般的な選択肢を取るはずがないと言わんばかりの質問だった。
もっとも電車で通学しようとすると遠回りの路線しかなくて、自転車の倍近い時間が掛かるからと片道30分も自転車を走らせていた人間だから、普通じゃないと思われても仕方がないし、事実として電車なんて考えもしなかった。

こんな感じの台風の直撃を受けながらの自転車を走らせた経験が他にもあったりして、どうにかなるもんだと思ってしまう自分がいるわけだ。
その半面で昨今の異常気象を思うと今回の台風がどれほどの被害をもたらすのかと言いしれぬ不安に駆られていて、今まで台風に対して抱いたことのない感情に戸惑いながら動物的本能が警告しているのではないかと考えている。

今もなお 始まりさえも 見えてこず2009年09月14日 21時16分48秒

某システムのクラス化の話は明日か明後日に提出する予定となっていたのだけど、困った事に今日もまだ開発環境の構築が上手く行かず、スタートラインへ立つことさえもできていないという最悪な状況だ。
それでもエラーを非表示にするとか開発環境として理解に苦しむ設定を解除したりと、幾つも仕掛けられていたトラップを見つけながら少しずつ全身を続けてきていた。
しかし、今日になって環境への依然性の高い問題へぶつかってしまって、お手上げ状態となってしまったため、サーバ環境に詳しいG社長へと助けを求めた。


G社長によると先方が使用している Linux環境がとにかく新しい機能を試したくして仕方がない人が愛用する種類であり、個人用ならまだしも業務用としてはどうかと首を傾げてしまう代物だそうだ。
残念ながら Linux環境は基底となる部分が同じであってもバージョンや種類によって差が大きいため、既に動いているサーバ環境に移植するのは難しいとのことで、先方に合わせて新しくサーバを作るところからやり直す事となってしまった。
残念ながら、俺は最初からサーバをインストールした経験に乏しかったし、そもそも社内のネットワークがどうなっているのかも殆ど知らないので、G社長へ丸投げする格好となってしまった。

それだけでも心苦しいというのに、先方が用意してくれた構築手順書を片手に操作をしていたにも関わらず、上手く環境が動いてくれなかった。
色々と試行錯誤をしてもらったけれど、やはり触ったことのない Linux環境は一筋縄で行ってくれないらしく、結局のところ新しい環境を作る所からスタートしたにも関わらず手詰まりとなってしまった。
ここまで来ると先方にハードディスクのイメージを取らせてもらって、開発環境を丸ごとに移植するような手段を取るほかにないとの結論へ達してしまった。

つまり、予定通りにクラス化の原案を提出する事を完全に諦めてしまう格好となるのだけど、今回の依頼主は別件が長引いてしまっている事情を良く知ってくれているので何とか許してもらえそうな気がする。
何とも情けない話ではあるが、こうも色々な案件が詰まっている状況下ではどうしようもなくて、前もって作業を進めていなかった自分へ大きな怒りを感じると共に情けなくて涙が出てしまいそうだ。

まだ月曜だというのに酷く足取りが重たくて、波乱の週明けとなりそうな気配がぷんぷんと臭ってくる嫌な夜となってしまった。