その動き 観測値とは 違うよね?2020年06月22日 21時58分12秒

最近のテレビ報道でシミュレーション結果という名の下に3D動画が頻繁に持ち出されるのだけど、本当に観測値を基にして作られているのか大きな疑問を感じさせる場面が増えてきた。
今朝も湿度の高さがウィルスの飛散距離を短くする事を示すシミュレーション結果と称される動画が流されたのだけど、無風という真空状態で観測しているように見える動きだった。
何故ならウィルスを吐き出した風が巻き起こす気流の影響を受けておらず、重力で落下しているだけと思われる動きとなっており、湿度の高さでなく飛沫の質量を変更しただけの動きに見えた。

要するに飛沫距離が短くなっていると分かる動画を用意したに過ぎなくて、シミュレーションで観測された値を基に作成されたのでないと疑われる。
恐らくは飛沫が締めって重たくなるから飛散距離の抑制になると安直に考えて、そういう動きとなる3D動画を作成して染みレーション結果として出していたのだと推理すると、何かと納得できる要素が多くなる。

口内の湿度は大気に比べて高めなので空気の湿り気が飛沫を湿らせて重たくすると考えられず、そういう想定のシミュレーションを行っているなら根本的に間違えていて、実験でも実証でもない無意味な嘘でしかない。
本来のあるべき動きは湿度によって空気の粘性が増すことで、飛沫が前へ飛びづらくなって飛散距離が伸びなくなるのだと想像する。
ウィルスは重力で易々と落下するほど軽くなくて、タンポポの綿毛が飛び散る様を連想させる動きになるはずだけど、俺の見た動画は霧吹きを噴射しているとしか思えなかった。

シミュレーションは様々な条件下で観測する事を目的とするので、1つしか答えを出していない時点で疑いの目を向けるべきだ。
本来であれば細かすぎるほどの環境設定を行って導き出すので、たった1つの事柄を証明するためだけに行うような作業ではない。
例えば、換気により対面する二人の間に横風が吹いていた場合、飛散距離の長い時は全て横江へ流されるのに対して、すぐに落ちると机の上に広がる結果となって後者の感染リスクが高い事になる。

風向きや風速によって様々な場合が出てくるはずであり、湿度の高さが感染リスクを下げるという単純な結論だけで終わるはずがない。
複雑で良し悪しを単純に判断できないからこそ、環境設定を変えながら観測するためにシミュレーションを行うのであって、1つの理想を再現できても何の価値も意味もない。
というか、シミュレーション結果が正しい事の証明は何処へ行ったのだろうか。

手袋で 何を掴むか 見ないのか?2020年06月17日 21時41分34秒

今朝のニュースを見ていたら、手袋がウィルス感染の橋渡しとなって危険だとか馬鹿げた話をしていて、またも感染症に詳しい専門家という肩書きが不安へ漬け込む有害なる寄生虫の代名詞となっていた。
同じ手袋を長時間にわたって使用し続けると衛生的でないけれど、そもそも現状で橋渡し予防の観点から客と店員の接触を避ける対応が取られていて、既に対応済みの問題を取り上げている時点で馬鹿げている。

それに手袋が感染の橋渡しとなると騒ぐのであれば、紙幣や硬貨の方がよほど危険であると指摘すべきだ。
紙幣を数える時に指先を舐める老人が少なからずいるので、唾液の付着した状態で受け渡されて収納されて、他の客へ釣り銭として配れている状況の方が手袋の何十倍も感染リスクが高いはずだ。
紙幣や硬貨がウィルス感染の橋渡しとなって危険だと言うつもりでないけれど、手袋よりも感染リスクの高い物を無視して騒ぐ視野の狭さに呆れているだけだ。
受け渡しの際に着用している手袋が危険だと言いながら、実際に移動する物品である紙幣や硬貨を危険視しないなど、最初から「手袋が危険だ」という結論があったとしか思えない。

こんな風に不安へ漬け込む寄生虫のような有害な輩と、その話を大々的に流布して回る報道という名の橋渡しこそ害悪である。
最近に同じ言葉を何度も使っている気がして、いい加減に有害な報道メディアを駆逐してほしいものだ。

快適を 求めだしたら 贅沢だ2020年03月03日 21時52分48秒

今朝の報道によると新幹線のバリアフリー化の取り組みとして、全車両に今までよりも大きな車椅子スペースを設置するよう国交省が要望したそうだ。
車椅子でも快適な旅を提供するための施策らしいけれど、さすがに贅沢と言わざる終えない優遇処置に思えてならない。
車椅子スペースが専有する面積に応じた運賃が請求されて、それ以外のスペースで乗車できないのであればわう。
しかし、恐らくは2人分以上の場所を1人料金で利用する事となるはずで、その上に快適さまで要望し始めたら、やはり贅沢を言っているとしか思えない。

そもそもに同じく障害者であり、要介護とも上回る視覚障害者へ対しての優遇処置がないにも関わらず、見た目に目立つだけで車椅子に重点を置いたバリアフリーばかり押し進められている。
車椅子スペースの拡充は座席数の現象を意味するので、介護者と隣り合う座席を取りづらくなる恐れがあって、車椅子以外の障害者にとってデメリットかも知れない。

何よりも全車両である必要性が何処にあるのか理解できない。
エレベーターから遠い車両まで移動して乗車するはずがないので、2両もあれば十分なのに何も考えず聞こえの良い言葉で要請しているのだろう。
車椅子の利用者も政治家の人気取りに利用される状況へ待ったを掛けるべきだ。
今朝の報道もそうだったけれど、車椅子が何処までも優遇を求める意地汚い輩しかいないかのように見せられている。
贅沢ばかりを言っている奴は1割に満たないはずだけど、最近に車椅子を見ると意地汚い輩に見え始めている俺がいる。

大臣が 育児休暇を 言い出して・・・2020年01月26日 21時47分18秒

大臣の役職に就いている国会議員が産休を取るとか何とか言っているのだけど、その発言が理由を付けて怠けようとしている風にしか聞こえてこない。
そうでなくても自分など居ても居なくても大して変わらないような無能だと宣言しているか、育児を片手間に請け負えるほどの簡単な仕事だと甘く見ているかのどちらかとも受け取れて、何処まで掘り返しても好意的に解釈できない。

その大臣は国会議員が率先して育児休暇を取る事で休みやすい風潮を起こしていきたいと言うけれど、働き方改革の効果で既に休みやすい雰囲気になりつつあるので、今更に扇動する意味があると思えない。
率先した実績造りの必要性で言うならば、育児休暇のために役職を離れても職場復帰と共に復職できる流れでなかろうか。
そのためにやるべきは大臣職を辞して裏方へ回って、育児がある程度まで落ち着くまでは何時でも休暇へ入れる体制を維持しつつ、数年後に復職したら良かろう。

この大臣は会議の一部をテレビ電話などを使用する事で、育児休暇中でも最小限の職務を全うできると言い張っていたけれど、何時に何が起きるか分からないのが育児であって、大人の都合を考慮してくれないのが幼児だ。
テレビ会議を用いれば移動時間の節約になるけれど、育児休暇中に行く地から離れる時間ができる事になり、その状況が育児休暇と呼べるのかさえ妖しい所だ。
育児を理由にして休んで在宅しているだけで良いと考えているように聞こえて、そう考えると人気取りとなる上にサボる事もできる都合の良い言い訳を見つけて、飛び付いているとしか思えない。

何よりも国会議員という立場を一般社会人と同じに考えている辺りが腹立たしい事この上なくて、育児を理由に議員バッチを置いて国会から立ち去ってもらいたい。

災害の 被害を誇張 死者さえも・・・?2019年09月18日 22時17分22秒

先週の台風で送電塔や電柱が倒壊した影響で千葉県の一部地域で停電が続いていて、良いネタが転がり込んできたと喜び勇んだ報道各社による偏向報道が横行している。
そんな様子を見ていると日本の報道が如何に腐り切っているか再認識させられて、できる事なら全て潰して作り直すべきだと考えてしまう。

今回で言えば被害の大きさを誇張したいがために、陸の孤島という単語を多用していて報道しているのだけど、道路が寸断されている訳でもなければ、鉄道が全面運休しているわけでもない。
現に報道各社が車で乗り付けて取材していて、陸の孤島と呼ぶのならヘリコプターによる上空からの取材しかできない状況であるべきだ。
彼等の報道活動が既に陸の孤島となっていない事を示しているのに、被害の重さを誇張したいが為に重々しく聞こえる単語を多用している。
被害を必要以上に大きく見せる事は真実の報道と逆行する行為なのに、平然と歪んだ内容を伝えている腐敗した精神に呆れて言葉が出ない。

状況を見ていると一時的に都内へ避難しても良さそうなのに、熱中症による死者が出る状況にも関わらず停電地域に居座る人がいる。
この辺の判断ミスも報道各位が避難している人の話や、被災者の優遇処置に関する情報を流さない影響であるように思える。
そうなると現状の報道期間は被害状況を誇張するだけに留まらず、避難する発想を奪うことで被害者の増加という結果まで生んでいて、文字通りの命を出汁に使っていると言えよう。

災害の起こる度に思うのだけど、日本の報道機関を作り直したら災害被害者が半減するのでなかろうか。

近海で 台風発生 冷や汗が・・・2019年06月27日 22時22分17秒

今日と明日の天候に関して、令和初となる台風が発生するかどうかが話題となっている。
しかしながら、注目すべきは四国地方まで流れてきた熱帯低気圧が台風へ変わる可能性にある。
発展途上のまま通過していくので、本州の近くで台風へ変わる事に特別な危険性こそないけれど、今後を考えると大きな危機感を覚える。

俺は驚異と感じているのに、報道は台風へ変わった場合の雨風に関する話と令和初ばかり強調している。
熱帯低気圧を台風まで成長させる気象条件が本州近海にあるという事は、太平洋沖で発生した台風が日本へ接近するに従って勢力を増していき、衰えることなく縦断していく可能性も考えられる。
それこそ過去最大と表される勢力の台風が立て続けに上陸する事もあるかも知れず、想像するだけで背筋が冷たくなってくる。

これが素人の安直な考えで有ってくれたら良いのだけど、最近の報道は必要な話をしない傾向があるので全く信用ならない。
コメンテーターの類いが俺と同じ考えを持ち出して、気象予報士が否定してくれるなら多少なり安心だけど、頭の狂った奴等しかいないので期待するだけ損だろう。

ひとまず今日を無事に帰れるのかどうかから心配するとしよう。

廃止論 唱える奴と 関わるな2019年06月26日 23時21分16秒

ここ数日にTwitterを眺めていると、体育の授業で泳げるようになった人を知らないので、不要だから廃止すべきとの主張が流れてくる。
こういった廃止論は色々と形を変えながら定期的に見かけるのだけと、その中身を見てみると随分と自己中心的で視野の狭い理由の場合が多い。
それこそ廃止論を唱えたり賛同したりする連中に対して、頭の狂った輩なのでかかわり合いにならない方が良いと刷り込まれつつある。

そもそもの論議として、授業成果が見られないから廃止すべきとする発想からして間違っている。
むしろ、水泳教室へ応援を求めるなどの対策を講じて授業の向上を図り、生徒全員が100mを泳げる事を義務化すべきと唱えるべきだ。
泳げることに何のデメリットもないし、小学生の水難事故を発端に水泳授業が導入された背景もあるので、不要だの廃止だのと言い出す輩は害悪以外の何者でもない。

廃止論を唱えれ本人は不真面目な姿勢で臨んだために泳げないままに終わり、その事実へ羞恥心を募らせた末に水泳の授業がなければ、恥を掻かずに済んだと逆恨みしているのだろう。
そして、今までの人生で水泳の必要に迫られる場面へ遭遇していないから、日本中の全国民も泳ぐ必要の一生を送ると決めつけて発言している。
ついでに言えば。自分が泳げるようにならなかったのだから誰一人として、授業で水泳を拾得した生徒が居ないはずと決めつけてもいる。

要するに、自分が双なのだから他の人も同じに違いないと決めつける狭い視野の持ち主であり、責任を他者へ押し付ける歪んだ心も併せ持っていると考えられる。
真っ当な思考のできる人間性を感じられないのだから、関わらないに越したことはないと考えるべきだ。

平成の 終わりに際し 振り返り2019年04月30日 23時09分10秒

平成という時代が新しい元号への切り替わりを持って終わりとなる。
昭和に生まれて、平成を生き抜いてきて、次に令和へ生き延びる。

昭和の頃は失明や失聴の恐れを抱えた体であると知られて、夜盲症の件もあったので早々に交通事故で死ぬのだろうと思っていた。
交通事故でなくても、人を殺してみたいと衝動的に行動する輩から見たら、俺の存在は絶好の標的に見えるのでないかと想像しながら、多くの時間を孤独の中で過ごしていた。
小学校では担任が勝手に障害の事をクラス中へ知らせたため、悪戯の対象とされた件もあって周囲へ対する警戒心を飛躍させて、人間嫌いへ到達していた時代でもある。

平成へ入る頃になると、強さの基準が身を守る事でなく、多勢に無勢の状況で相手を確実に壊して生き延びる事になっていると気付いて、ある程度の自信を持ったことで精神的に安定し始める。
同時に、俺の目や耳の障害について、高熱を原因として発症したり進行したりする恐れがあったのだけど、インフルエンザに初めて感染して40度の発熱を経験しても、何も問題なかったので楽観視できた事も精神安定の要因だった。

精神的に安定した事が良い方向へ影響してくれて、高校で1人、大学で9人の友人へ恵まれたし、
どちらかと言えば、人間の何か異物のような存在を認められる余裕が持てて、自分もまた不純物に分類されるのだと気付いて寄ってみれば、本人さえ驚くほどに馴染んだ結果だった。

そこから比較的に平穏のまま流れてきたけれど、母親の死を切っ掛けに再び精神的な不安定を抱えるようになり、左目の手術を経ての障害者認定と続いて、失明や失調ほど重度でないけれど楽観視ばかりでも居られない状況へ移行している。
令和の時代を過ごしている間に失明や失調が現実となる可能性もあると、昭和の頃へ思考や精神状態が巻き戻っている気がしてきた。
元号が変わるというので何の気なしに振り返っていたら、俺の人生という小さな歴史の中でも、時代の繰り返しが起きていると見えてきて、意外と面白い事になったと感嘆している。

何もせず 時にはこれも 善意なり2019年02月27日 23時33分53秒

以前に祖父母の所へ遊びに来ていた幼児が近くの海へ行く途中で愚図り、1人で引き返していったまま行方不明になった事件があった。
大規模な捜索態勢にも関わらず発見されない状況が続く中、1人の老人ボランティアが独自の経験から子供の足で登れないと思われ、捜索範囲外となっていた裏山で幼児を保護した。

この一件で時の人と成った発見者がつい最近になって、東京都から大分県の自宅へ徒歩での帰宅という挑戦に挑んでいた。
何らかのチャリティ活動という訳でもないらしく、思い付きを実行へ移しただけなのに本人の意思と関係なく、SNSを中心に加熱して大勢の人が集まりだしてしまう。
そして、頼んでもいないのに差し入れを押し付ける輩が多数に渡り、最初はキャリーバッグだったのに荷物が増えすぎてリアカーへ変わり、写真や握手に応じていると身動きが取れなくなる事態も発生する、

更に路肩へ駐車して見物する迷惑者や子供から手も目も離す親なども現れ始めて、渋滞や沿道へ人が溢れるなどの危険な状態が目立つようになった。
この状況にボランティア経験の豊富さから危険性を感じて、挑戦の断念を決めたという流れとなったと経緯が報道されていた。

この話を聞いていて思う事はテレビに付きまとわれると碌な事にならず、自己満足の挑戦さえもまともにできなくなるとは可哀想でならない。
何よりも迷惑を考えずに殺到する連中や、善意のつもりか何か知らないけれど物を押し付けていく奴等が気持ち悪くて、話を聞いているだけでも反吐が出る。
特に物を押し付ける連中は挑戦者を貧乏で可哀想な物乞いへ恵みを与える聖人に成ったつもりなのだろうが、その実態は荷物が重くなって体力の消耗を激しくさせる。
文字通りの足枷にしかならないのに、善意を断れない人柄と知りながら押し付けて、足を引っ張っていくのだから酷い話である。

ボランティアとしての素晴らしさを讃えていながら、その姿を見倣おうとしないのだから人間として腐り切っている。
こんな愚行を演じるくらいなら、何もせずに居る方がよほど為になったはずで、挑戦者が何を求めているのか考える余地を何故に持てないのかと呆れるばかりだ。

腹癒せに 告発したと 思えます・・・2019年02月21日 23時42分52秒

先週に女性問題を理由にして自ら離党した議員がいるのだけど、事の詳細が少しばかり報道に載っていた。
要約すると女性から準強制性交で告発されていて、所属する自民党へ矛先が向く前に離党したという流れらしい。
しかし、報道は明らかに「準」の文字を取り払って語られており、被告となる議員が原告の女性を強姦したと印象付ける語り口だった。

ここで本来の用件である準強制性交を念頭に聞いてみると、原告である女性の主張する内容に奇妙な点が幾つもあって、交際を断られた腹癒せに告発したのではないかと思えてくる。
原告の女性も交際していた事を認めているし、肉体関係もあったとの事なのだが、告発している内容は泥酔している際の性的暴行となっている。
交際している相手である事を考えると、酔った勢いで同意した可能性を否定できないはずだ。
それに話の主題が途中から盗撮に切り替わっていたりと支離滅裂に感じられた。

その盗撮に関してもスマフォで撮影されていたらしいのだが、端末の大きさから考えて盗撮向きじゃないし、性交中に撮影された動画に至っては気付かない方が不自然である。
同意の上で撮影された写真や動画を盗撮と主張しているようにしか見えないのに、報道はそういった疑問を全く抱かずに原告の主張を全面的に真実としている辺りも非常に気味悪い。

裁判が始まる前に事の詳細に加えて、被告が悪であるとして発信する行為が正義とも正当とも思えない。
有罪判決を決め付けての報道によって、真偽に関わらず社会的制裁の加えられる状況が既に整っていて、何から何まで気味悪さしか感じられない。