[小説:闇に舞う者] part282011年05月01日 21時34分46秒

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歩き出したルワンの背中をチェルニーが小走りに追っていき、ティティスは脱いだ服を詰め込んだ紙袋を荷物鞄に押し込んでから立ち上がった。
顔を正面へ向けると、チェルニーはルワンに背負われて、ご機嫌に手招きをしており、まるでピクニックへ出掛ける前のような笑顔を見せていた。
そんな微笑ましい光景に一抹の不安を感じると同時に、自分との会話で必要な緊張の糸まで切れたのではないかと不安になり、ティティスは表情を曇らせながら歩み寄っていった。
「それで、この後はどうするの?」
軽い調子でチェルニーが問いかける。
「外の蜘蛛にわざと捕まって、敵陣まで運んでもらう。防御結界を用意しているが、相手が弱すぎて発動できない場合も考えられる。その時のために着替えさせた。」
「個体が弱くても数を集めれば大丈夫なんでしょ。私は山育ちで足に自信があるわよ。」
「足よりも度胸の方が必要だな。せめて、チェルニーくらい肝が据わっていてくれよ。」
ルワンの言葉の真意が掴めずにチェルニーへ視線を移すと、浮かれているように見えた目の奥に心強さが感じられた。
目の奥に秘められた力強さを見つけた事で初めて、少女の笑顔が自分を勇気づけようとして作られているのだと気付いた。
もしかしたら、最初に笑顔の意味を勘違いした原因は、自身が憧れの人との冒険に浮かれていたからかも知れない。
理解すると同時に込み上げてきた気恥ずかしさを深呼吸と共に飲み込み、準備運動に足首を回して鞄の肩紐を引き締めた。
ルワンと目を合わせて頷いて見せると、一瞬だけ視線を受け止めてから扉の方へ向き直り、戸口へ手を掛けると一呼吸の間を置いてからゆっくりと開けていった。

ティティスが久しぶりの日差しに感じた眩しさから立ち直ってルワンの方を見ると、先に視力を回復させていた様子で、既に向かうべき方向を指さして待っていた。
再び小さく頷いて準備ができたことを知らせると、ルワンは低い階段を一気に飛び降りて着地すると同時に進路を右にとって走り出した。
ティティスもそれに倣って階段を飛び降りると、3歩先を行く背中を追い越すつもりの全力で踏み出した。
本当に追い越しそうな勢いでルワンの背中に迫り、20歩ほどで肩を並べたけれど、そこからルワンがペースを合わせてきたため併走状態で安定した。
ちらりと横を見ると、ルワンにしがみつくチェルニーの髪は真っ直ぐに後ろへ流れるのみで上下には揺れておらず、子供を背負った状態でも重心を安定させて走っている様子が伺えた。
大した年の差もない少年の見せる常人離れした動きに「やっぱり凄い」と感心していると、気を抜くなと言わんばかりの鋭い視線で射抜かれてしまった。
慌てて視線を前へ戻したのと同時に右肩を掴まれて、ティティスが事を把握するまでの一瞬を待ってから、体が浮き上がるような力強さで引き寄せられた。
突然の浮遊感に驚く間もなく、先程まで自分が存在していた空間を白い帯が貫いていく様子が見えて戦慄を覚えた。
モンスターの攻撃を回避したのだと理解すると同時に、ルワンの指が肩へ強く食い込んできたため、放心状態から一瞬で脱して、支えられた事もあってバランスを崩さず着地に成功した。
ティティスの着地が成功してから3歩目を踏み出されようとした瞬間、右から「右へ折れるぞ」と声が響いて、それと同時に再び右肩へ軽い圧力が感じられた。
声に従い、右肩からの圧力を軸に旋回して方向を変えると、正面に巨大な昆虫の姿がシルエットのように浮かび上がっていた。
シルエットが蜘蛛である事を理解するより早く、左手からも別の陰が割り込んできて、背後からは先の攻撃を仕掛けてきた1匹の足音が迫ってくるのが感じられた。

前方に2匹、後方から1匹に挟まれる格好となった瞬間に、ルワンから「止まるぞ」と鋭い声が飛んできた。
頭で言葉を理解するよりも早く体が反応していて、ルワンと共に砂埃を巻き上げながら地を踏み締めていた。
体が静止するのを待たず、ルワンが1枚のカードを取り出して構えると、うっすらと魔法陣が浮かび上がる。
虚空に浮かぶ魔法陣にルワンの指が触れると、なぞられた場所から輝きを増していき、息を呑む暇さえ与えずに全体が輝きだしていた。
魔法陣を用いた術式を発動させたのだと理解する頃には、魔法陣はカードに収束して、微かな光で構成する繭が3人を包んでいた。
自分達を包み込む繭を認識すると同時に、蜘蛛のモンスターが放った粘液に巻き取られて、物の数秒で暗闇の中に閉じ込められていた。
全てにおいて理解が追い付かない速度で状況が動いている事に、ティティスもチェルニーも唖然とする他になかった。

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