[小説:P★RS 半裸さん日記] part7 ― 2012年10月28日 20時17分46秒
第一話がこちらになります。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
半裸さんは拗ねるディーナちゃんの頭を撫でようとしますが、避けられたので仕方なく椅子へ座り直しました。
「マスターはバウンティハンターを導いてくれる『誰か』で、人によって捉え方や感じ方が違う謎な人物の総称だよ。」
半裸さんの説明に対して、ディーナちゃんが意味が分からないと言いたげに眉を寄せました。
「異世界の友人、自分の別人格、神様やら仏様やら何やら言い様は様々さ。見守ってくれて、応援してくれて、とても暖かくて信頼できる人という部分は共通かな。」
半裸さんは身振り手振りを駆使して、必死にマスターの素晴らしさを表現しようと試みますが、今一つ伝わっていない様子です。
「マスターが付いている事がバウンティハンターとなるための条件に含まれるほど、とても大切な存在なんだ。」
感慨深げに頷く半裸さんに対して、ディーナちゃんは今一つ飲み込めずに訝しげな表情を浮かべていました。
「胡散臭いけど、そのマスターがあんたをオレの所へ連れてきたと?」
ディーナちゃんがやや生温い視線を半裸さんへ向けながら聞いてきます。
「散歩に行こうと思ったら、森へ行こうと言われて、ディーナちゃんと出会ったの。あとディーナという名前もマスター発案ね。」
「で、そのマスターは今もそこにいるわけ?」
半裸さんの表情が少しだけ寂しそうに陰りましたが、ほんの一瞬で元へ戻ります。
「ううん、隣には居ないよ。ボクのマスターは照れ屋だからテレパシーで囁いてくるだけなの。窓や空にマスターが映って見える人も居るけど、ボクは見た事がないね。」
「映って見えるなんてホラーじゃんか。」
ディーナちゃんの素直な感想に、半裸さんが苦笑を浮かべます。
「そうだね。慣れるまで怖いかもね。」
半裸さん達がマスターについて語り合っていると、ドアを開けてワリトちゃんが入ってきました。
ディーナちゃんがその事へいち早く気付いて、ビクッと体を強張らせて、腰を椅子から浮かせました。
「おや、ワリトちゃんか。今度は寝惚けてないみたいだね。」
半裸さんが振り返って声を掛けると、ワリトちゃんは無言のまま小さく頷いて歩み寄ってきました。
ワリトちゃんは半裸さんの隣まで来ると、テーブルへ手を掛けて、膝の上へよじ登ってきました。
半裸さんも抵抗するでもなく、むしろ通り道を空けて待ちの体勢を取っていました。
「ディーナちゃん、怖がらなくて大丈夫だよ。寝惚けていたりしなければ、優しくて可愛い子だからね。」
そういって膝に座ったワリトちゃんの頭を撫でてやります。
ディーナちゃんは大人しく撫でられているワリトちゃんの様子に安心したらしく、椅子へ腰を下ろしました。
「そうそう、ワリトちゃん。あの子はディーナちゃん、今日から新しい家族だから仲良くしてあげてね。」
半裸さんの紹介に対して、ワリトちゃんが右手を上げる仕草で挨拶を送ります。
ディーナちゃんはその挨拶へ応える事が、家族入りを承認する行為と解釈されると分かり、そっと目を逸らそうとしました。
しかし、ワリトちゃんの無感情な瞳から目を外す事ができません。
そうしている間に、ワリトちゃんが右手を軽く引き戻してから、先程より勢いよく突き出して挨拶を催促してきました。
無表情だけに何を考えているのか分からないワリトちゃんに気圧されて、ディーナちゃんがゆっくりと右手を挙げます。
「よ、よろしく。」
ディーナちゃんが顔を強張らせながら挨拶を返すと、ワリトちゃんが満足した様子でOKサインを見せます。
そして、ワリトちゃん以上に満足げな表情を浮かべていたのは半裸さんでした。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/11/04/6623743
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
半裸さんは拗ねるディーナちゃんの頭を撫でようとしますが、避けられたので仕方なく椅子へ座り直しました。
「マスターはバウンティハンターを導いてくれる『誰か』で、人によって捉え方や感じ方が違う謎な人物の総称だよ。」
半裸さんの説明に対して、ディーナちゃんが意味が分からないと言いたげに眉を寄せました。
「異世界の友人、自分の別人格、神様やら仏様やら何やら言い様は様々さ。見守ってくれて、応援してくれて、とても暖かくて信頼できる人という部分は共通かな。」
半裸さんは身振り手振りを駆使して、必死にマスターの素晴らしさを表現しようと試みますが、今一つ伝わっていない様子です。
「マスターが付いている事がバウンティハンターとなるための条件に含まれるほど、とても大切な存在なんだ。」
感慨深げに頷く半裸さんに対して、ディーナちゃんは今一つ飲み込めずに訝しげな表情を浮かべていました。
「胡散臭いけど、そのマスターがあんたをオレの所へ連れてきたと?」
ディーナちゃんがやや生温い視線を半裸さんへ向けながら聞いてきます。
「散歩に行こうと思ったら、森へ行こうと言われて、ディーナちゃんと出会ったの。あとディーナという名前もマスター発案ね。」
「で、そのマスターは今もそこにいるわけ?」
半裸さんの表情が少しだけ寂しそうに陰りましたが、ほんの一瞬で元へ戻ります。
「ううん、隣には居ないよ。ボクのマスターは照れ屋だからテレパシーで囁いてくるだけなの。窓や空にマスターが映って見える人も居るけど、ボクは見た事がないね。」
「映って見えるなんてホラーじゃんか。」
ディーナちゃんの素直な感想に、半裸さんが苦笑を浮かべます。
「そうだね。慣れるまで怖いかもね。」
半裸さん達がマスターについて語り合っていると、ドアを開けてワリトちゃんが入ってきました。
ディーナちゃんがその事へいち早く気付いて、ビクッと体を強張らせて、腰を椅子から浮かせました。
「おや、ワリトちゃんか。今度は寝惚けてないみたいだね。」
半裸さんが振り返って声を掛けると、ワリトちゃんは無言のまま小さく頷いて歩み寄ってきました。
ワリトちゃんは半裸さんの隣まで来ると、テーブルへ手を掛けて、膝の上へよじ登ってきました。
半裸さんも抵抗するでもなく、むしろ通り道を空けて待ちの体勢を取っていました。
「ディーナちゃん、怖がらなくて大丈夫だよ。寝惚けていたりしなければ、優しくて可愛い子だからね。」
そういって膝に座ったワリトちゃんの頭を撫でてやります。
ディーナちゃんは大人しく撫でられているワリトちゃんの様子に安心したらしく、椅子へ腰を下ろしました。
「そうそう、ワリトちゃん。あの子はディーナちゃん、今日から新しい家族だから仲良くしてあげてね。」
半裸さんの紹介に対して、ワリトちゃんが右手を上げる仕草で挨拶を送ります。
ディーナちゃんはその挨拶へ応える事が、家族入りを承認する行為と解釈されると分かり、そっと目を逸らそうとしました。
しかし、ワリトちゃんの無感情な瞳から目を外す事ができません。
そうしている間に、ワリトちゃんが右手を軽く引き戻してから、先程より勢いよく突き出して挨拶を催促してきました。
無表情だけに何を考えているのか分からないワリトちゃんに気圧されて、ディーナちゃんがゆっくりと右手を挙げます。
「よ、よろしく。」
ディーナちゃんが顔を強張らせながら挨拶を返すと、ワリトちゃんが満足した様子でOKサインを見せます。
そして、ワリトちゃん以上に満足げな表情を浮かべていたのは半裸さんでした。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/11/04/6623743
[小説:P★RS 半裸さん日記] part6 ― 2012年10月21日 20時26分17秒
第一話がこちらになります。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
「あんた、何なんだよ。」
ディーナちゃんが目を逸らしたまま呟きます。
半裸さんはその言葉に対して軽く首を傾げました。
「ああ、まだ名乗ってなかったね。ボクは半裸のサンタ、みんなは半裸さんと呼ぶから、ディーナちゃんもそう呼んでおくれよ。」
「そうじゃない。なんで、オレに優しくするのさ。他の連中は無視したり避けて通ったり、銃で撃ってきた奴だって・・・」
ディーナちゃんは言葉を詰まらせて、そのままギュッと唇を堅く引き締めてました。
辛い事を思い出している風に見えたので、半裸さんは間を置いてから真面目な口調で語り掛けます。
「他の人がどうか知らないけど、ボクは曲がりなりにもサンタだもん。困っている子は見捨てておけない性分なんだよ。」
半裸さんはそう言うと、少し冷めた紅茶を飲みながらディーナちゃんの反応を待ちます。
「あんたは変だよ。訳が分からないよ。」
ディーナちゃんが混乱しているのか、声を震わせながら呟きました。
「上着を着ない主義をよく変だと言われるけど、その事かな?」
ディーナちゃんは俯いたまま大きく首を左右に振って応えました。
「それ以外だと心当たりがないけど、何が変なのか教えてくれるかな?」
「オレはさっき殴ったり蹴ったりしたのに、なんで普通に会話してるのさ。怒らないし、、パンを食べさせてくれたり優しくて、訳が分からないよ。」
ディーナちゃんが一気に捲し立てると、半裸さんは頬をポリポリと掻いて困った様子になりました。
「ディーナちゃんが暴れたのは、ボクが驚かせて怖がらせたせいだよ。ボクが悪いのだからディーナちゃんを怒る理由がないのさ。」
ディーナちゃんは反論しようと思いましたが、半裸さんの笑顔に無駄と悟って視線を床へ落としました。
「なんで、名前を付けてくれるのさ。」
「家族に名前がなかったら不便じゃないか。ドールちゃんと他人行儀に呼ぶのも変だろ?」
「だから、どうして、一緒に住む話が確定しているのさ。」
ディーナちゃんが机を叩きながら椅子の上に立って、身を乗り出してきました。
半裸さんはその反応に驚いて、椅子の前脚を浮かせながら後ろに仰け反ります。
「もしかして、一緒に住むのは嫌なの?」
半裸さんの寂しそうな声を漏らすと、今度はディーナちゃんが驚いた様子で前屈みの姿勢を戻しました。
「食料は腐りそうな勢いで余っているから気にしなくていいよ。だから、気兼ねしないで、ボクと一緒にここで暮らそうよ。」
今度は半裸さんが大きく前に乗り出して、ディーナちゃんを説得し始めました。
「どうして、見ず知らずの怪しいドールなんかに、そんな一生懸命になるのさ。」
「マスターが導いてくれたってのもあるけど、ディーナちゃんと一緒だと楽しい事がありそうな予感がするんだよ。」
半裸さんが一瞬の躊躇いもなく即答してみせると、ディーナちゃんは呆気にとられて椅子へ座り込みました。
半裸さんの期待に満ちた熱い眼差しを受けながら、ディーナちゃんはまだ少し混乱していました。
「マスターって誰だよ。」
話題を逸らすために適当な質問を口にすると、半裸さんが目を丸くしながら驚きの声を漏らします。
「ディーナちゃん、本当にマスターが何か分からないの?」
「な、なんだよ。マスターが誰か分からないのがそんなにおかしいのかよ。」
「ディーナちゃん、君はもしかして」
半裸さんの言葉が終わる前に、ディーナちゃんが可哀想な生き物を見る目を向けられた事に怒ってリンゴを投げ付けました。
リンゴは半裸さんの鼻先を綺麗に捉えて、そのまま天井へ向かって跳ねていきます。
半裸さんは左手を赤くなった鼻へ添えながら、落ちてきたリンゴを右手で掴みました。
「いや、常識知らずの残念な子だと思った訳じゃないよ。ドールならプリインストールされているはずの情報だから心配しただけさ。」
投げ付けられたリンゴをテーブルに置いて、綺麗な方のリンゴをディーナちゃんへ渡します。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/28/6614996
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
「あんた、何なんだよ。」
ディーナちゃんが目を逸らしたまま呟きます。
半裸さんはその言葉に対して軽く首を傾げました。
「ああ、まだ名乗ってなかったね。ボクは半裸のサンタ、みんなは半裸さんと呼ぶから、ディーナちゃんもそう呼んでおくれよ。」
「そうじゃない。なんで、オレに優しくするのさ。他の連中は無視したり避けて通ったり、銃で撃ってきた奴だって・・・」
ディーナちゃんは言葉を詰まらせて、そのままギュッと唇を堅く引き締めてました。
辛い事を思い出している風に見えたので、半裸さんは間を置いてから真面目な口調で語り掛けます。
「他の人がどうか知らないけど、ボクは曲がりなりにもサンタだもん。困っている子は見捨てておけない性分なんだよ。」
半裸さんはそう言うと、少し冷めた紅茶を飲みながらディーナちゃんの反応を待ちます。
「あんたは変だよ。訳が分からないよ。」
ディーナちゃんが混乱しているのか、声を震わせながら呟きました。
「上着を着ない主義をよく変だと言われるけど、その事かな?」
ディーナちゃんは俯いたまま大きく首を左右に振って応えました。
「それ以外だと心当たりがないけど、何が変なのか教えてくれるかな?」
「オレはさっき殴ったり蹴ったりしたのに、なんで普通に会話してるのさ。怒らないし、、パンを食べさせてくれたり優しくて、訳が分からないよ。」
ディーナちゃんが一気に捲し立てると、半裸さんは頬をポリポリと掻いて困った様子になりました。
「ディーナちゃんが暴れたのは、ボクが驚かせて怖がらせたせいだよ。ボクが悪いのだからディーナちゃんを怒る理由がないのさ。」
ディーナちゃんは反論しようと思いましたが、半裸さんの笑顔に無駄と悟って視線を床へ落としました。
「なんで、名前を付けてくれるのさ。」
「家族に名前がなかったら不便じゃないか。ドールちゃんと他人行儀に呼ぶのも変だろ?」
「だから、どうして、一緒に住む話が確定しているのさ。」
ディーナちゃんが机を叩きながら椅子の上に立って、身を乗り出してきました。
半裸さんはその反応に驚いて、椅子の前脚を浮かせながら後ろに仰け反ります。
「もしかして、一緒に住むのは嫌なの?」
半裸さんの寂しそうな声を漏らすと、今度はディーナちゃんが驚いた様子で前屈みの姿勢を戻しました。
「食料は腐りそうな勢いで余っているから気にしなくていいよ。だから、気兼ねしないで、ボクと一緒にここで暮らそうよ。」
今度は半裸さんが大きく前に乗り出して、ディーナちゃんを説得し始めました。
「どうして、見ず知らずの怪しいドールなんかに、そんな一生懸命になるのさ。」
「マスターが導いてくれたってのもあるけど、ディーナちゃんと一緒だと楽しい事がありそうな予感がするんだよ。」
半裸さんが一瞬の躊躇いもなく即答してみせると、ディーナちゃんは呆気にとられて椅子へ座り込みました。
半裸さんの期待に満ちた熱い眼差しを受けながら、ディーナちゃんはまだ少し混乱していました。
「マスターって誰だよ。」
話題を逸らすために適当な質問を口にすると、半裸さんが目を丸くしながら驚きの声を漏らします。
「ディーナちゃん、本当にマスターが何か分からないの?」
「な、なんだよ。マスターが誰か分からないのがそんなにおかしいのかよ。」
「ディーナちゃん、君はもしかして」
半裸さんの言葉が終わる前に、ディーナちゃんが可哀想な生き物を見る目を向けられた事に怒ってリンゴを投げ付けました。
リンゴは半裸さんの鼻先を綺麗に捉えて、そのまま天井へ向かって跳ねていきます。
半裸さんは左手を赤くなった鼻へ添えながら、落ちてきたリンゴを右手で掴みました。
「いや、常識知らずの残念な子だと思った訳じゃないよ。ドールならプリインストールされているはずの情報だから心配しただけさ。」
投げ付けられたリンゴをテーブルに置いて、綺麗な方のリンゴをディーナちゃんへ渡します。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/28/6614996
[小説:P★RS 半裸さん日記] part5 ― 2012年10月14日 12時25分22秒
第一話がこちらになります。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
半裸さんはマザー君が蹴り飛ばされた時に散乱した医療器具を片付けて、テーブルと椅子を出して食事の準備を整えます。
片付けの横では、マザー君が輪切りにしたバナナを載せた食パンをトースターへ入れたり、湯を沸かしたりとしています。
ディーナちゃんは床に座り込んだまま、何事も無かったように動き回る2人を呆然と眺めていました。
床から裏返った傘のような棒が伸びて、先端が開いて丸いテーブルへ変形する頃になると、バナナの焼ける香りが漂い始めました。
ディーナちゃんの表情が甘い香りで酔ったように蕩けます。
その様子を微笑ましく見詰めながら、半裸さんは椅子を収納から引き出して、円卓を挟む格好で並べて腰掛けました。
「ディーナちゃんも椅子に座って待とうね。」
半裸さんが呼び掛けると、甘い香りを放つトースターから目を離さないまま、のそのそと椅子へ這い上がっていきました。
香ばしく甘い匂いが作り出す静か空間に「ギュルル~」と腹の虫が大きな鳴き声を響きます。
不意を突かれたディーナちゃんがビクッと体を震わせてから、半裸さんの方へ視線を走らせました。
目があった瞬間、半裸さんが恥ずかしそうに頬を赤く染めながら「鳴っちゃった」と笑います。
そして、焼き上がったバナナトーストが運ばれてくると、待ち切れないと言わんばかりに半裸さんの腹がもう一度鳴きました。
「腹の虫もうるさいし、冷めない内に食べようか。」
半裸さんはそういって出来たての甘い匂いを漂わせるトーストへかじり付きます。
ディーナちゃんは涎を口いっぱいに溜めながら、トーストを見詰め続けています。
「あれ、どうしたの?」
「お金とか、持ってない。」
「そんなの気にしなくていいよ。ぷちっと星はマザー君が居れば、食事に困る事がないの。だから、好きなだけ食べていいよ。」
寂しげな表情を浮かべるディーナちゃんに笑顔を向けながら「食べて、食べて」とサインを送ります。
10秒ほど見つめ合った後、ディーナちゃんがトーストへゆっくりと手を伸ばします。
トーストが近付くにつれて、焼けたバナナの香りに刺激されて動きが加速されます。
そして、一口を食べた瞬間から凄いペースで喉から胃袋へと流し込んで行きました。
ディーナちゃんはバナナトースト1枚では物足りない様子だったので、追加でハニートーストも焼かせました。
追加された1枚もあっさりと平らげると、夢見心地といった表情になっていました。
「満足したかい?」
半裸さんがそう問い掛けながら、持ち出したリンゴをディーナちゃんへ放り投げます。「うん、美味しかった。」
リンゴをキャッチしながら答えくれました。
手にしたリンゴへ口を付けない事から、遠慮している様子は見受けられません。
「そかそか、満足してくれたならマザー君も喜ぶよ。」
半裸さんが満面の笑みを向けると、ディーナちゃんは少し眩しそうに目を伏せてしまいました。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/21/6608725
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
半裸さんはマザー君が蹴り飛ばされた時に散乱した医療器具を片付けて、テーブルと椅子を出して食事の準備を整えます。
片付けの横では、マザー君が輪切りにしたバナナを載せた食パンをトースターへ入れたり、湯を沸かしたりとしています。
ディーナちゃんは床に座り込んだまま、何事も無かったように動き回る2人を呆然と眺めていました。
床から裏返った傘のような棒が伸びて、先端が開いて丸いテーブルへ変形する頃になると、バナナの焼ける香りが漂い始めました。
ディーナちゃんの表情が甘い香りで酔ったように蕩けます。
その様子を微笑ましく見詰めながら、半裸さんは椅子を収納から引き出して、円卓を挟む格好で並べて腰掛けました。
「ディーナちゃんも椅子に座って待とうね。」
半裸さんが呼び掛けると、甘い香りを放つトースターから目を離さないまま、のそのそと椅子へ這い上がっていきました。
香ばしく甘い匂いが作り出す静か空間に「ギュルル~」と腹の虫が大きな鳴き声を響きます。
不意を突かれたディーナちゃんがビクッと体を震わせてから、半裸さんの方へ視線を走らせました。
目があった瞬間、半裸さんが恥ずかしそうに頬を赤く染めながら「鳴っちゃった」と笑います。
そして、焼き上がったバナナトーストが運ばれてくると、待ち切れないと言わんばかりに半裸さんの腹がもう一度鳴きました。
「腹の虫もうるさいし、冷めない内に食べようか。」
半裸さんはそういって出来たての甘い匂いを漂わせるトーストへかじり付きます。
ディーナちゃんは涎を口いっぱいに溜めながら、トーストを見詰め続けています。
「あれ、どうしたの?」
「お金とか、持ってない。」
「そんなの気にしなくていいよ。ぷちっと星はマザー君が居れば、食事に困る事がないの。だから、好きなだけ食べていいよ。」
寂しげな表情を浮かべるディーナちゃんに笑顔を向けながら「食べて、食べて」とサインを送ります。
10秒ほど見つめ合った後、ディーナちゃんがトーストへゆっくりと手を伸ばします。
トーストが近付くにつれて、焼けたバナナの香りに刺激されて動きが加速されます。
そして、一口を食べた瞬間から凄いペースで喉から胃袋へと流し込んで行きました。
ディーナちゃんはバナナトースト1枚では物足りない様子だったので、追加でハニートーストも焼かせました。
追加された1枚もあっさりと平らげると、夢見心地といった表情になっていました。
「満足したかい?」
半裸さんがそう問い掛けながら、持ち出したリンゴをディーナちゃんへ放り投げます。「うん、美味しかった。」
リンゴをキャッチしながら答えくれました。
手にしたリンゴへ口を付けない事から、遠慮している様子は見受けられません。
「そかそか、満足してくれたならマザー君も喜ぶよ。」
半裸さんが満面の笑みを向けると、ディーナちゃんは少し眩しそうに目を伏せてしまいました。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/21/6608725
[小説:P★RS 半裸さん日記] part4 ― 2012年10月08日 18時33分41秒
第一話がこちらになります。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
ドアの開く音は普段と変わらないはずなのに、ゆっくりと開かれる動作が普段と異なる雰囲気を醸し出しています。
それに加えてドアを開けようとしている人物が、異様に静かで重苦しい気配を放っている影響もあるのでしょう。
幽霊屋敷を連想させる擬音が頭の中で勝手に再生されて、半裸さんは冷や汗をダラダラと流していました。
ドアが5秒ほどの時間を掛けて開かれると、金髪ショートヘアの女の子が両手の甲で目を擦りながら入室してきました。
「ゴメンよ、ワリトちゃん。お昼寝の邪魔をしちゃったかな?」
ワリトちゃんが寝惚けている事を確認してから、半裸さんは冷や汗を増量しつつ、震える声で話し掛けました。
ワリトちゃんは眠そうにしながら、右目だけ擦る行為を止めると、焦点の定まりきらない視線を半裸さんへ向けました。
「えっと、もうドタバタしないから、お部屋に戻ってお昼寝しても大丈夫だよ?」
半裸さんが更に声を掛けると、ワリトちゃんは左目を擦るのも止めて、両手を肩からぶら下げるように脱力します。
ディーナちゃんは雰囲気に飲まれて呆然と状況を見守ります。
半裸さんは言い様のない不安に襲われて、何度目か分からない唾を飲みます。
半裸さんが更に昼寝を促そうと震える唇を開こうとした瞬間、ワリトちゃんの姿を見失っていました。
今までの経験と微かに残る残像から、瞬時にワリトちゃんの所在と次なる行動を察していました。
ワリトちゃんは半裸さんの懐深くまで踏み込んでいて、突き出した拳が腹部を捉えようとしていました。
半裸さんは条件反射で腹筋を引き締めて、最低限度の防御を試みます。
腹部の防御力をを辛うじて上昇させた瞬間、ワリトちゃんが高速移動の勢いをそのまま拳へ乗せたパンチを打ち抜いていきました。
半裸さんは腹パンされた衝撃と痛みからフラリと後退ります。
腹筋を堅くして防御してもなお、呼吸が麻痺するダメージを負わされました。
半裸さんは苦痛を感じながらも笑顔を崩さすに、再び正面へ戻ったワリトちゃんと対面します。
ワリトちゃんは半裸さんから視線を外して、ゆっくりと右の方へ振り向いていきます。
その視線はディーナちゃんの姿を捉えた所で静止して、無表情のまま品定めするように凝視し始めました。
沈黙という重圧がディーナちゃんに襲いかかります。
半裸さんの冷や汗の意味を体感して、ディーナちゃんも恐怖から喉を鳴らします。
ワリトちゃんが体もディーナちゃんへ向けようとした瞬間に、半裸さんが肩を掴んで引き留めました。
「もう、うるさく、しないから、お休み、して、おいでよ。」
半裸さんは呼吸の麻痺が抜けていない喉で必死に声を振り絞り、ワリトちゃんを説得しました。
ワリトちゃんが引き留められるままに向き直ってくれたので、その頭を優しく撫でてあげてました。
30秒ほど頭を撫でていると、ワリトちゃんの瞼が重たく下がってきたので、部屋へ戻るように促すと、素直に従ってくれました。
半裸さんはワリトちゃんを見送ってから、ディーナちゃんへ笑顔を向けます。
「ワリトちゃんは素直な子なんだけど、酔っている時と寝惚けている時だけ怖いから気を付けてね。」
ワリトちゃんに腹パンされた場所をさすりながら言います。
ディーナちゃんを刺激しないよう遠回りにマザー君の所へ歩み寄って起こしてやります。
「お腹も空いたし、疲れたし、暴れるのは終わりにして何か食べよう。」
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/14/6602166
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
ドアの開く音は普段と変わらないはずなのに、ゆっくりと開かれる動作が普段と異なる雰囲気を醸し出しています。
それに加えてドアを開けようとしている人物が、異様に静かで重苦しい気配を放っている影響もあるのでしょう。
幽霊屋敷を連想させる擬音が頭の中で勝手に再生されて、半裸さんは冷や汗をダラダラと流していました。
ドアが5秒ほどの時間を掛けて開かれると、金髪ショートヘアの女の子が両手の甲で目を擦りながら入室してきました。
「ゴメンよ、ワリトちゃん。お昼寝の邪魔をしちゃったかな?」
ワリトちゃんが寝惚けている事を確認してから、半裸さんは冷や汗を増量しつつ、震える声で話し掛けました。
ワリトちゃんは眠そうにしながら、右目だけ擦る行為を止めると、焦点の定まりきらない視線を半裸さんへ向けました。
「えっと、もうドタバタしないから、お部屋に戻ってお昼寝しても大丈夫だよ?」
半裸さんが更に声を掛けると、ワリトちゃんは左目を擦るのも止めて、両手を肩からぶら下げるように脱力します。
ディーナちゃんは雰囲気に飲まれて呆然と状況を見守ります。
半裸さんは言い様のない不安に襲われて、何度目か分からない唾を飲みます。
半裸さんが更に昼寝を促そうと震える唇を開こうとした瞬間、ワリトちゃんの姿を見失っていました。
今までの経験と微かに残る残像から、瞬時にワリトちゃんの所在と次なる行動を察していました。
ワリトちゃんは半裸さんの懐深くまで踏み込んでいて、突き出した拳が腹部を捉えようとしていました。
半裸さんは条件反射で腹筋を引き締めて、最低限度の防御を試みます。
腹部の防御力をを辛うじて上昇させた瞬間、ワリトちゃんが高速移動の勢いをそのまま拳へ乗せたパンチを打ち抜いていきました。
半裸さんは腹パンされた衝撃と痛みからフラリと後退ります。
腹筋を堅くして防御してもなお、呼吸が麻痺するダメージを負わされました。
半裸さんは苦痛を感じながらも笑顔を崩さすに、再び正面へ戻ったワリトちゃんと対面します。
ワリトちゃんは半裸さんから視線を外して、ゆっくりと右の方へ振り向いていきます。
その視線はディーナちゃんの姿を捉えた所で静止して、無表情のまま品定めするように凝視し始めました。
沈黙という重圧がディーナちゃんに襲いかかります。
半裸さんの冷や汗の意味を体感して、ディーナちゃんも恐怖から喉を鳴らします。
ワリトちゃんが体もディーナちゃんへ向けようとした瞬間に、半裸さんが肩を掴んで引き留めました。
「もう、うるさく、しないから、お休み、して、おいでよ。」
半裸さんは呼吸の麻痺が抜けていない喉で必死に声を振り絞り、ワリトちゃんを説得しました。
ワリトちゃんが引き留められるままに向き直ってくれたので、その頭を優しく撫でてあげてました。
30秒ほど頭を撫でていると、ワリトちゃんの瞼が重たく下がってきたので、部屋へ戻るように促すと、素直に従ってくれました。
半裸さんはワリトちゃんを見送ってから、ディーナちゃんへ笑顔を向けます。
「ワリトちゃんは素直な子なんだけど、酔っている時と寝惚けている時だけ怖いから気を付けてね。」
ワリトちゃんに腹パンされた場所をさすりながら言います。
ディーナちゃんを刺激しないよう遠回りにマザー君の所へ歩み寄って起こしてやります。
「お腹も空いたし、疲れたし、暴れるのは終わりにして何か食べよう。」
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/14/6602166
[小説:P★RS 半裸さん日記] part3 ― 2012年09月30日 20時41分36秒
第一話がこちらになります。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
ドールが天井を蹴った急降下から繰り出した拳は、半裸さんの顔面を抉るように捉えました。
床へ転がったままのマザー君が思わず目を閉じてしまうほど、見事なまでに顔面を打ち抜いています。
半裸さんは殴られる覚悟を決めていた事もあって、辛うじて意識を繋ぎ止めてながら呻き声まで噛み砕いて受け止めます。
顔面にねじ込まれる拳の圧力に対して、床へ叩き付けられまいとエビ反りになりながらも必死に堪えました。
もう少しで堪えきれそう。
そんな気がした瞬間、ドールが全身を捻って圧力を掛けてきました。
その些細な心の隙間を突く圧力が、半裸さんの踵を床から引き剥がします。
唯一の支えを失った半裸さんの体は、エビ反りのまま腰を軸に回転し始めて、後頭部から床へ突き刺さります。
拳に続いて、今度は堅い物同士がぶつかり合う鈍い音が船内に大きく響き渡りました。
半裸さんは床へ後頭部を打ち付けたダメージから、目を白黒させながらも辛うじて意識を保っていました。
ここで追撃を加えられたら一巻の終わりだと焦りながら笑顔を崩さず、ドールを説得する方法をひたすら考えていました。
視界が暗転して幾つもの流星が飛び交う中で、半裸さんはどうしたものかと悩み続けます。
考えて、考え抜いている間に、ふと奇妙な事へ気付きました。
何故か、ドールの追撃が掛からないのです。
今なら半裸さんを確実にノックダウンできるのに、ドールは何もしてこないのです。
耳を澄ましてみれば、耳鳴りの雑音の中に荒い呼吸音が聞き取れました。
肩を上下させながら、痛む肺へ手を添えて苦しそうな姿が目に浮かぶ、そんな荒い呼吸でした。
優勢のドールが苦しんでいる事を知ると同時に、マザー君の診察結果に栄養失調の文字があった事を思い出しました。
何日もまともな食事を取っていなくて、激しく動き回れるほどの体力も残っていなかったのでしょう。
先程の拳はドールにとっての渾身の一撃であり、半裸さんを「もう立ち上がるな」と願いながら見詰めているのだと理解しました。
半裸さんは殴り倒されたままの姿勢で、ダメージが抜けて視界に光を戻ってくる時を待っていました。
暫くすると瞼の裏に飛び交っていた流星も収まり、麻痺していた感覚の多くが復活していきます。
立ち上げれる程度まで回復しても、ドールが呼吸を荒げている間は寝転がったままでいました。
戦闘が続くとして無茶がないように、話を聞く気になる余裕を取り戻してもらうように、そう願っての待機でした。
半裸さんが仰向けの状態から体を起こすと、床にべったりと座り込んだ姿勢でドールを見据えました。
「話をしようよ。」
変わらずの笑顔で話し掛けましたが、ドールはボールのように半裸さんの顎を蹴り上げます。
蹴りの衝撃を逃がしながら後ろへ転がりながら、その勢いを使って立ち上がります。
思うように足へ上手く力が入らず、やや腰を低くした前傾で体勢を安定させてから、ドールの方へ視線を向けます。
しかし、先程の場所にドールの姿は見当たりません。
殆ど動けないだろうと予想してだけに驚きましたが、同時に意外と元気な事を嬉しく思いました。
何処へ行ったのかと考えた瞬間に、半裸さんの野生が真下から危険を察知しました。
重心を安定させるため、腰を落として少し前傾姿勢になった半裸さんの懐、そこにドールが滑り込んでいました。
ドールは腰を低く構えてから、全身をバネのように使って、半裸さんの顎へ下からの攻撃を仕掛けてきます。
ドールの拳が半裸さんの顎に触れた瞬間、半裸さんも上体を反らして衝撃を逃がします。
半裸さんが浅いエビ反りになり、その胸元に右腕を振り上げたドールが浮いている状態になりました。
半裸さんはすかさずドールを抱き込めます。
優しく、暖かく、何時でも抜け出せる柔らかな抱擁です。
「ディーナちゃん、話をしようよ。」
半裸さんがドールを抱き締めながら、優しく語り掛けます。
一瞬の間を置いてから、ドールが腕を振り解きながら腹部に足を掛けて飛び退きます。
「ディーナって誰だ。」
ドールから嫌悪感の混じった言葉が飛び出します。
「今し方に考えた君の名前だよ。話し相手に名前が無いのは不便だからね。」
半裸さんの言葉にディーナと命名されたドールがキョトンとした表情を浮かべます。
勝手に名前を付けて困惑させるという説得の初手が成功した事に、半裸さんは心底から安堵しました。
ディーナちゃんが混乱して動きを止めた事で船内が静寂を取り戻した直後、ドアがゆっくりと開かれる音が聞こえてきました。
ドアの向こうにいる者が放つ只ならぬ気配が不気味な雰囲気を醸し出しています。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/08/6596932
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
ドールが天井を蹴った急降下から繰り出した拳は、半裸さんの顔面を抉るように捉えました。
床へ転がったままのマザー君が思わず目を閉じてしまうほど、見事なまでに顔面を打ち抜いています。
半裸さんは殴られる覚悟を決めていた事もあって、辛うじて意識を繋ぎ止めてながら呻き声まで噛み砕いて受け止めます。
顔面にねじ込まれる拳の圧力に対して、床へ叩き付けられまいとエビ反りになりながらも必死に堪えました。
もう少しで堪えきれそう。
そんな気がした瞬間、ドールが全身を捻って圧力を掛けてきました。
その些細な心の隙間を突く圧力が、半裸さんの踵を床から引き剥がします。
唯一の支えを失った半裸さんの体は、エビ反りのまま腰を軸に回転し始めて、後頭部から床へ突き刺さります。
拳に続いて、今度は堅い物同士がぶつかり合う鈍い音が船内に大きく響き渡りました。
半裸さんは床へ後頭部を打ち付けたダメージから、目を白黒させながらも辛うじて意識を保っていました。
ここで追撃を加えられたら一巻の終わりだと焦りながら笑顔を崩さず、ドールを説得する方法をひたすら考えていました。
視界が暗転して幾つもの流星が飛び交う中で、半裸さんはどうしたものかと悩み続けます。
考えて、考え抜いている間に、ふと奇妙な事へ気付きました。
何故か、ドールの追撃が掛からないのです。
今なら半裸さんを確実にノックダウンできるのに、ドールは何もしてこないのです。
耳を澄ましてみれば、耳鳴りの雑音の中に荒い呼吸音が聞き取れました。
肩を上下させながら、痛む肺へ手を添えて苦しそうな姿が目に浮かぶ、そんな荒い呼吸でした。
優勢のドールが苦しんでいる事を知ると同時に、マザー君の診察結果に栄養失調の文字があった事を思い出しました。
何日もまともな食事を取っていなくて、激しく動き回れるほどの体力も残っていなかったのでしょう。
先程の拳はドールにとっての渾身の一撃であり、半裸さんを「もう立ち上がるな」と願いながら見詰めているのだと理解しました。
半裸さんは殴り倒されたままの姿勢で、ダメージが抜けて視界に光を戻ってくる時を待っていました。
暫くすると瞼の裏に飛び交っていた流星も収まり、麻痺していた感覚の多くが復活していきます。
立ち上げれる程度まで回復しても、ドールが呼吸を荒げている間は寝転がったままでいました。
戦闘が続くとして無茶がないように、話を聞く気になる余裕を取り戻してもらうように、そう願っての待機でした。
半裸さんが仰向けの状態から体を起こすと、床にべったりと座り込んだ姿勢でドールを見据えました。
「話をしようよ。」
変わらずの笑顔で話し掛けましたが、ドールはボールのように半裸さんの顎を蹴り上げます。
蹴りの衝撃を逃がしながら後ろへ転がりながら、その勢いを使って立ち上がります。
思うように足へ上手く力が入らず、やや腰を低くした前傾で体勢を安定させてから、ドールの方へ視線を向けます。
しかし、先程の場所にドールの姿は見当たりません。
殆ど動けないだろうと予想してだけに驚きましたが、同時に意外と元気な事を嬉しく思いました。
何処へ行ったのかと考えた瞬間に、半裸さんの野生が真下から危険を察知しました。
重心を安定させるため、腰を落として少し前傾姿勢になった半裸さんの懐、そこにドールが滑り込んでいました。
ドールは腰を低く構えてから、全身をバネのように使って、半裸さんの顎へ下からの攻撃を仕掛けてきます。
ドールの拳が半裸さんの顎に触れた瞬間、半裸さんも上体を反らして衝撃を逃がします。
半裸さんが浅いエビ反りになり、その胸元に右腕を振り上げたドールが浮いている状態になりました。
半裸さんはすかさずドールを抱き込めます。
優しく、暖かく、何時でも抜け出せる柔らかな抱擁です。
「ディーナちゃん、話をしようよ。」
半裸さんがドールを抱き締めながら、優しく語り掛けます。
一瞬の間を置いてから、ドールが腕を振り解きながら腹部に足を掛けて飛び退きます。
「ディーナって誰だ。」
ドールから嫌悪感の混じった言葉が飛び出します。
「今し方に考えた君の名前だよ。話し相手に名前が無いのは不便だからね。」
半裸さんの言葉にディーナと命名されたドールがキョトンとした表情を浮かべます。
勝手に名前を付けて困惑させるという説得の初手が成功した事に、半裸さんは心底から安堵しました。
ディーナちゃんが混乱して動きを止めた事で船内が静寂を取り戻した直後、ドアがゆっくりと開かれる音が聞こえてきました。
ドアの向こうにいる者が放つ只ならぬ気配が不気味な雰囲気を醸し出しています。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/10/08/6596932
[小説:P★RS 半裸さん日記] part2 ― 2012年09月23日 20時00分41秒
第一話がこちらになります。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
半裸さんは野生化していたドールを連れ帰り、意気揚々とマイシップへと入っていきます。
船内へ入ると玄関でガードマザー君が待ち構えていました。
「ただいまっほい」
半裸さんは珍しく出迎えられた事を喜びながら、元気な挨拶を口にしました。
しかし、マザー君はその挨拶を聞き流してドールを素早く奪い取ると、ジリジリと後退っていきます。
その目は犯罪者へ向けられる冷ややかな視線そのものでした。
「えっと、あの、違うからね。誘拐じゃなくて、保護だからね?」
半裸さんが涙目になりながら、弁明の機会を求めて右手を伸ばします。
マザー君はその手まで避けるように後退りながら、頭の上に文字を表示しました。
「手刀で気絶させて連れ帰る行為を、一般的に誘拐と呼ぶ。」
半裸さんは文字を読み終えて30秒ほど経過してから、手を打って感嘆の言葉を漏らしました。
「言われてみれば、確かにそうだ。」
マザー君は間の抜けた態度に呆れつつ、抱きかかえたドールを奥へ運ぶとベッドへ寝かせました。
一通りの診察により、栄養失調による衰弱が確認された以外に外傷などの問題もなく、その報告に半裸さんは安堵しました。
名前や所有者の情報は一切記録されておらず、迷子の届け出も出されていません。
「つまり、捨て子?」
半裸さんが考えられる唯一の可能性を口にします。
マザー君は問いに対して否定も肯定もせず、ただただ沈黙を貫きました。
その後ろ姿は悲しい現実を敢えて口にする事を拒んだように見えたので、半裸さんも黙って事実を受け入れる事にしました。
診察を終えたマザー君が道具を片付け始める横で、半裸さんは顎に手を当てながら考え込んでいました。
ふと視線に気付いて、寝ているはずのドールを見てみると、うっすらと開き始めた瞳と目が合いました。
覗き込む瞳に生気が戻って、2人がしっかりと見つめ合った瞬間、ドールが跳ね起きた勢いのまま飛び退きます。
獣のような四つん這いの姿勢で睨み付けてくる視線は、恐怖ではなく敵意を宿しています。
敵意の視線を受けながら、半裸さんは記憶消去に失敗した事を悟ります。
怖がらせた出会いを抹消して、やり直すための手刀打ちだったのに、もたらされた理想と真逆の結果に泣きたい気持ちです。
半裸さんの悲しみが隙に見えたらしく、ドールが飛び掛かってきます。
説得する方法を考える暇も与えらえずに困惑する半裸さんの顔を踏み付けて、ドールが後方へ逃げていきます。
体勢を何とか立て直していると、後ろから色々な物が散らばる音が聞こえてきます。
振り返ると、マザー君が蹴り飛ばされて床に転がり、治療器具の類も散乱していました。
顔に手を当てながら「あちゃ~」と声を漏らす横っ面に、壁を走っていたドールの飛び膝蹴りが食い込みます。
体が浮き上がりそうになる衝撃へ必死に堪えて、体勢の崩れを最小限に抑えて踏み留まります。
立ったまま攻撃を受けきると、ドールは半裸さんの頭を抱え込む格好となります。
半裸さんはすかさず小さな体を抱え込もうと手を伸ばします。
ドールは半裸さんの肩を蹴って上へ逃げた直後、すぐさま天井を蹴って急降下を開始します。
半裸さんは急降下してくるドールを見上げながら、交差した手を解く暇がないと諦めて、重心を固めて再び受け止めようと構えます。
見つめ合う2人の距離が縮まり、船内に鈍い衝突音が響き渡りました。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/30/6588796
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/17/6576628
------------------------------------------------------------
半裸さんは野生化していたドールを連れ帰り、意気揚々とマイシップへと入っていきます。
船内へ入ると玄関でガードマザー君が待ち構えていました。
「ただいまっほい」
半裸さんは珍しく出迎えられた事を喜びながら、元気な挨拶を口にしました。
しかし、マザー君はその挨拶を聞き流してドールを素早く奪い取ると、ジリジリと後退っていきます。
その目は犯罪者へ向けられる冷ややかな視線そのものでした。
「えっと、あの、違うからね。誘拐じゃなくて、保護だからね?」
半裸さんが涙目になりながら、弁明の機会を求めて右手を伸ばします。
マザー君はその手まで避けるように後退りながら、頭の上に文字を表示しました。
「手刀で気絶させて連れ帰る行為を、一般的に誘拐と呼ぶ。」
半裸さんは文字を読み終えて30秒ほど経過してから、手を打って感嘆の言葉を漏らしました。
「言われてみれば、確かにそうだ。」
マザー君は間の抜けた態度に呆れつつ、抱きかかえたドールを奥へ運ぶとベッドへ寝かせました。
一通りの診察により、栄養失調による衰弱が確認された以外に外傷などの問題もなく、その報告に半裸さんは安堵しました。
名前や所有者の情報は一切記録されておらず、迷子の届け出も出されていません。
「つまり、捨て子?」
半裸さんが考えられる唯一の可能性を口にします。
マザー君は問いに対して否定も肯定もせず、ただただ沈黙を貫きました。
その後ろ姿は悲しい現実を敢えて口にする事を拒んだように見えたので、半裸さんも黙って事実を受け入れる事にしました。
診察を終えたマザー君が道具を片付け始める横で、半裸さんは顎に手を当てながら考え込んでいました。
ふと視線に気付いて、寝ているはずのドールを見てみると、うっすらと開き始めた瞳と目が合いました。
覗き込む瞳に生気が戻って、2人がしっかりと見つめ合った瞬間、ドールが跳ね起きた勢いのまま飛び退きます。
獣のような四つん這いの姿勢で睨み付けてくる視線は、恐怖ではなく敵意を宿しています。
敵意の視線を受けながら、半裸さんは記憶消去に失敗した事を悟ります。
怖がらせた出会いを抹消して、やり直すための手刀打ちだったのに、もたらされた理想と真逆の結果に泣きたい気持ちです。
半裸さんの悲しみが隙に見えたらしく、ドールが飛び掛かってきます。
説得する方法を考える暇も与えらえずに困惑する半裸さんの顔を踏み付けて、ドールが後方へ逃げていきます。
体勢を何とか立て直していると、後ろから色々な物が散らばる音が聞こえてきます。
振り返ると、マザー君が蹴り飛ばされて床に転がり、治療器具の類も散乱していました。
顔に手を当てながら「あちゃ~」と声を漏らす横っ面に、壁を走っていたドールの飛び膝蹴りが食い込みます。
体が浮き上がりそうになる衝撃へ必死に堪えて、体勢の崩れを最小限に抑えて踏み留まります。
立ったまま攻撃を受けきると、ドールは半裸さんの頭を抱え込む格好となります。
半裸さんはすかさず小さな体を抱え込もうと手を伸ばします。
ドールは半裸さんの肩を蹴って上へ逃げた直後、すぐさま天井を蹴って急降下を開始します。
半裸さんは急降下してくるドールを見上げながら、交差した手を解く暇がないと諦めて、重心を固めて再び受け止めようと構えます。
見つめ合う2人の距離が縮まり、船内に鈍い衝突音が響き渡りました。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/30/6588796
[小説:P★RS 半裸さん日記] part1 ― 2012年09月17日 21時26分04秒
これは9月12日にサービスを終了したニコアプリ「ぷちっと★ロックシューター」を題材にした小説となります。
大好きすぎるアプリだったので、自キャラである「半裸のサンタ」をモデルにして、短編を書いてみようと思い立った次第です。
なお、ゲーム内の機能実装に関する時勢は無視させてもらってます。
------------------------------------------------------------
ぷちっと星はグレートぷちっと星人の謎を追うバウンティーハンターの集う場所。
大抵のぷちロクちゃん達はバウンティーハンターとしての目的を忘れて、ぷちっと星で程よく平和に、それなりに楽しく暮らしています。
のんびりと、ゆったりと、「やっほい!」を合い言葉に暮らすぷちロクちゃんの物語。
今日も平和なぷちっと星の森中を、半裸のサンタと名乗る1人のぷちロクちゃんが歩いています。
サンタ帽子とアウターを着ない主義がトレードマークのバウンティーハンターで、みんなから「半裸さん」と呼んでいました。
地球なら補導されて然るべき姿ですが、ぷちっと星は非常に緩いので誰も気にしません。
だから、半裸さんは今日も恥じる事なく、揺れない小さな胸を自慢げに張りながら、堂々と歩きます。
気ままに散歩を楽しんでいると、物陰で何かの気配を感じました。
モンスターとは違う気配に疑問を感じて、足を止めて様子を伺っていると、怯えていた視線が飛んできました。
曲がりなりにもサンタを名乗っているので、やはり困っている人を見過ごせません。
怯えさせないようにするため、ジャンプしながら万歳して「やっほい!」と叫ぶ伝統の合い言葉と共に、草むらの向こうへ飛び込みました。
草陰の奥に飛び込んでみると、顔に大きな傷のあるドールが驚いた様子で腰を抜かしていました。
ドールは半裸さんを見るなり唸り声を上げて威嚇してきます。
半裸さんは怯えさせないよう最良の選択をしたつもりなのに、怖がられて威嚇された事にショックを受けて、涙を軽く浮かべました。
せめて「そこで泣くのかよ」とツッコミが欲しかったのにと嘆きつつ、涙を拭ってドールと向き合います。
半裸さんが1歩前に出ると、ドールは腰を抜かしたまま後退ります。
そんな遣り取りを3回ほど繰り返すと、ドールが移動距離の差に逃げるだけ無駄と感じたらしく逃げる事を止めました。
その代わりに唸り声を更に大きくして、小さな体で精一杯に威嚇してきます。
半裸さんはドールとの距離が無くなった所でしゃがみ込み、ゆっくりと左手を伸ばしていきます。
残り20cmで頭に届きそうな所まできた時、ドールが飛び掛かって左手首に噛み付きました。
小さく声を漏らして食い込む牙の痛みに堪えながら、噛まれた左腕をゆっくりと引き寄せていきます。
そうすると腕を咥えたままのドールも付いてきて、半裸さんの懐へ入ってきます。
半裸さんはドールの目をしっかり見つめながら、空いた右腕を小さな頭を抱えるように伸ばしていきます。
その気配へ気付いたドールが視線を逸らした瞬間に、半裸さんの手刀が後頭部を打ち抜いていました。
半裸さんは気絶したドールを抱き上げると、マイシップへ帰って行くのでした。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/23/6582341
大好きすぎるアプリだったので、自キャラである「半裸のサンタ」をモデルにして、短編を書いてみようと思い立った次第です。
なお、ゲーム内の機能実装に関する時勢は無視させてもらってます。
------------------------------------------------------------
ぷちっと星はグレートぷちっと星人の謎を追うバウンティーハンターの集う場所。
大抵のぷちロクちゃん達はバウンティーハンターとしての目的を忘れて、ぷちっと星で程よく平和に、それなりに楽しく暮らしています。
のんびりと、ゆったりと、「やっほい!」を合い言葉に暮らすぷちロクちゃんの物語。
今日も平和なぷちっと星の森中を、半裸のサンタと名乗る1人のぷちロクちゃんが歩いています。
サンタ帽子とアウターを着ない主義がトレードマークのバウンティーハンターで、みんなから「半裸さん」と呼んでいました。
地球なら補導されて然るべき姿ですが、ぷちっと星は非常に緩いので誰も気にしません。
だから、半裸さんは今日も恥じる事なく、揺れない小さな胸を自慢げに張りながら、堂々と歩きます。
気ままに散歩を楽しんでいると、物陰で何かの気配を感じました。
モンスターとは違う気配に疑問を感じて、足を止めて様子を伺っていると、怯えていた視線が飛んできました。
曲がりなりにもサンタを名乗っているので、やはり困っている人を見過ごせません。
怯えさせないようにするため、ジャンプしながら万歳して「やっほい!」と叫ぶ伝統の合い言葉と共に、草むらの向こうへ飛び込みました。
草陰の奥に飛び込んでみると、顔に大きな傷のあるドールが驚いた様子で腰を抜かしていました。
ドールは半裸さんを見るなり唸り声を上げて威嚇してきます。
半裸さんは怯えさせないよう最良の選択をしたつもりなのに、怖がられて威嚇された事にショックを受けて、涙を軽く浮かべました。
せめて「そこで泣くのかよ」とツッコミが欲しかったのにと嘆きつつ、涙を拭ってドールと向き合います。
半裸さんが1歩前に出ると、ドールは腰を抜かしたまま後退ります。
そんな遣り取りを3回ほど繰り返すと、ドールが移動距離の差に逃げるだけ無駄と感じたらしく逃げる事を止めました。
その代わりに唸り声を更に大きくして、小さな体で精一杯に威嚇してきます。
半裸さんはドールとの距離が無くなった所でしゃがみ込み、ゆっくりと左手を伸ばしていきます。
残り20cmで頭に届きそうな所まできた時、ドールが飛び掛かって左手首に噛み付きました。
小さく声を漏らして食い込む牙の痛みに堪えながら、噛まれた左腕をゆっくりと引き寄せていきます。
そうすると腕を咥えたままのドールも付いてきて、半裸さんの懐へ入ってきます。
半裸さんはドールの目をしっかり見つめながら、空いた右腕を小さな頭を抱えるように伸ばしていきます。
その気配へ気付いたドールが視線を逸らした瞬間に、半裸さんの手刀が後頭部を打ち抜いていました。
半裸さんは気絶したドールを抱き上げると、マイシップへ帰って行くのでした。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/23/6582341
[小説:闇に舞う者] part72 ― 2012年09月02日 19時36分44秒
初めての方はこちらの記事からお読み下さい。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805
「何だか扱いに大きな差を感じるわ。」
ティティスが苦笑混じりに呟くと、ルワンが少し考え込むような素振りを見せた。
「贅沢にも不満があるらしいな。仕方ない、実演ではないが、実験してやろう。少し魔導力を込めてから貸してもらおうか。」
ティティスはルワンの提案に驚くも、気が変わられたら困ると慌てた様子で目を閉じて、静かに呼吸を整えていく。
ティティスの魔導力がルアルへ流れ始めると、ルワンの時と異なる白く輝きが魔導具へと染み込んでいく。
5秒ほど魔導力を送り込んだ所で、大きく息を吐きながら目を開けると、安心した様子で小さく溜め息を吐いた。
「まだ魔導力を込めるだけで緊張する段階か。これは先が思いやられるな。」
ルワンが魔導具を受け取る際に呆れた様子で呟きを漏らすと、ティティスが一気に赤面して俯いてしまった。
その2人の遣り取りを横から長めながら、チェルニーはとても面白そうな笑顔を見せている。
その笑顔がまたティティスの羞恥心を刺激したらしく、耳まで赤く染めながら小言を漏らしていた。
ルワンが受け取った魔導具の鞘を抜いて、チェルニーに見せた実演のように窓へ刃を向けて構えた。
「ルアル、対物理結果を重ねて、結界の刃を作ってみてくれ。」
ルワンが魔導具へ向かって語り掛けた言葉に反応して、即座に刀身に淡く輝き始めた。
そこから暫く魔導力の光が灯ったり消失したりを繰り返して、試行錯誤を繰り返している様子が伺えた。
「日本刀の作り方を知っているか?」
ルワンがそう呟くと、消失と点灯を繰り返していた魔導力の輝きが沈黙する。
「見ての通り、生きている故に悩む事もある。こいつらが生きてる事を忘れてやるな。」
ルワンが待ち時間を潰すように語ると、2人の少女が大きく頷いて応えた。
ルアル・ソリテルの刀身に細かい雷が走り初めて、長かった静寂を電流の爆ぜる音によって破られた。
細かい雷は刀身を覆う光の糸へと変わると、中空へ伸びていって長さ1mほどの骨組みを形成する。
完成した骨組みへ幕を張るように新たな結界が伸びていき、1枚が終わると新たな色が重なっていく。
そうした課程を5回ほど繰り返されて、1本の濃厚な光で構成される刃が生み出された。
「見た目は様になっているが、作り出すのに時間が掛かりすぎで、燃費も悪い。問題が山積していて、実用性はやはり低いか。」
ルワンは小言を漏らしながらベッドから離れて、部屋にあった調度品から試し斬りの的として花瓶を取り上げる。
2人に見えるようテーブルの上へ花瓶を置くと後ろへ回り込み、振り返りざまに剣を横薙ぎにした。
結界の刃は音も立てずに通り抜け、両断されたはずの花瓶は何事もなかったように鎮座していた。
ルワンが花瓶を持ち上げようと掴み上げると、刃が通った証拠に二分されて上半分だけが付いてきた。
「手応えは良い感じだな。」
鞘へ収める素振りを見せると、結界はガラス食器が砕けるような音を残して崩れ去った。
ルワンが花瓶の断面を確認して感嘆の声を漏らしてから、ティティスへ魔導具を放り投げた。
それから両断された花瓶を持ってベッドの脇へ戻ると、1人ずつに1つ欠片を渡して断面を確認させた。
渡された花瓶の断面を見ていれば、まるで磨かれた鏡のように顔を映し出していた。
その切れ味を目の当たりにして、チェルニーもティティスは言葉を失って驚いていた。
「言っておくが、刃と使い手の腕があっての断面だから勘違いするなよ。」
「分かってるけど、それでもこんな切れ味を目の当たりにしたら驚くわよ。」
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805
「何だか扱いに大きな差を感じるわ。」
ティティスが苦笑混じりに呟くと、ルワンが少し考え込むような素振りを見せた。
「贅沢にも不満があるらしいな。仕方ない、実演ではないが、実験してやろう。少し魔導力を込めてから貸してもらおうか。」
ティティスはルワンの提案に驚くも、気が変わられたら困ると慌てた様子で目を閉じて、静かに呼吸を整えていく。
ティティスの魔導力がルアルへ流れ始めると、ルワンの時と異なる白く輝きが魔導具へと染み込んでいく。
5秒ほど魔導力を送り込んだ所で、大きく息を吐きながら目を開けると、安心した様子で小さく溜め息を吐いた。
「まだ魔導力を込めるだけで緊張する段階か。これは先が思いやられるな。」
ルワンが魔導具を受け取る際に呆れた様子で呟きを漏らすと、ティティスが一気に赤面して俯いてしまった。
その2人の遣り取りを横から長めながら、チェルニーはとても面白そうな笑顔を見せている。
その笑顔がまたティティスの羞恥心を刺激したらしく、耳まで赤く染めながら小言を漏らしていた。
ルワンが受け取った魔導具の鞘を抜いて、チェルニーに見せた実演のように窓へ刃を向けて構えた。
「ルアル、対物理結果を重ねて、結界の刃を作ってみてくれ。」
ルワンが魔導具へ向かって語り掛けた言葉に反応して、即座に刀身に淡く輝き始めた。
そこから暫く魔導力の光が灯ったり消失したりを繰り返して、試行錯誤を繰り返している様子が伺えた。
「日本刀の作り方を知っているか?」
ルワンがそう呟くと、消失と点灯を繰り返していた魔導力の輝きが沈黙する。
「見ての通り、生きている故に悩む事もある。こいつらが生きてる事を忘れてやるな。」
ルワンが待ち時間を潰すように語ると、2人の少女が大きく頷いて応えた。
ルアル・ソリテルの刀身に細かい雷が走り初めて、長かった静寂を電流の爆ぜる音によって破られた。
細かい雷は刀身を覆う光の糸へと変わると、中空へ伸びていって長さ1mほどの骨組みを形成する。
完成した骨組みへ幕を張るように新たな結界が伸びていき、1枚が終わると新たな色が重なっていく。
そうした課程を5回ほど繰り返されて、1本の濃厚な光で構成される刃が生み出された。
「見た目は様になっているが、作り出すのに時間が掛かりすぎで、燃費も悪い。問題が山積していて、実用性はやはり低いか。」
ルワンは小言を漏らしながらベッドから離れて、部屋にあった調度品から試し斬りの的として花瓶を取り上げる。
2人に見えるようテーブルの上へ花瓶を置くと後ろへ回り込み、振り返りざまに剣を横薙ぎにした。
結界の刃は音も立てずに通り抜け、両断されたはずの花瓶は何事もなかったように鎮座していた。
ルワンが花瓶を持ち上げようと掴み上げると、刃が通った証拠に二分されて上半分だけが付いてきた。
「手応えは良い感じだな。」
鞘へ収める素振りを見せると、結界はガラス食器が砕けるような音を残して崩れ去った。
ルワンが花瓶の断面を確認して感嘆の声を漏らしてから、ティティスへ魔導具を放り投げた。
それから両断された花瓶を持ってベッドの脇へ戻ると、1人ずつに1つ欠片を渡して断面を確認させた。
渡された花瓶の断面を見ていれば、まるで磨かれた鏡のように顔を映し出していた。
その切れ味を目の当たりにして、チェルニーもティティスは言葉を失って驚いていた。
「言っておくが、刃と使い手の腕があっての断面だから勘違いするなよ。」
「分かってるけど、それでもこんな切れ味を目の当たりにしたら驚くわよ。」
[小説:闇に舞う者] part71 ― 2012年08月26日 18時20分12秒
初めての方はこちらの記事からお読み下さい。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805
ティティスが顔面蒼白から一変して、笑顔を零しながら魔導具を抱える。
ルワンはその様子に小さな溜め息を漏らしながら見詰めていた。
「聞くまでもないのだろうが、お前等は俺と共に戦うつもりか?」
「うん、ボクがお兄ちゃんと一緒に居たいなら戦わないとダメだって言われた。ボクは頑張るよ、アリシアリスと一緒にね。」
「もちろんよ。私もルアルと同じ、ルワンの役に立ちたいし、一緒に居たいと思うもの。」
躊躇することもなく、2人の言葉が折り重なるように紡がれ、同時に4人分の熱い視線を向けられている気がした。
「俺の隣にいると言うなら、死ぬ気で強くなってもらう必要がある。これも理解した上での発言だろうな?」
ルワンが突き刺さるように語気を強めた言葉を放つも、2人の少女は全く動じず、笑顔さえ覗かせながら頷いた。
その返答を受け取りながら、ルワンはマリアーヌの言葉を思い出しながら、もう一度だけ小さく域を漏らした。
「まずは魔導具との契約を完了させる、と言っても8割ほど済んでいるのだがな。」
そう良いながら、チェルニーから魔導具を受け取る。
「まずは知る事、今度は魔導具の能力を理解してもらおう。本来はこっちを先に知るはずなのだがな。」
金属製で円筒状のアリシアリスを剣の柄へ見立てて構える。
「氷刃アリシアリス、能力は水と氷を操る事、空気中の水分を取り込み蓄える事。ついでに、聖水などの魔法水への精錬も行う。」
ルワンの言葉を証明するように、アリシアリスの先端から水が染み出し、水飴のようにぶら下がったまま凍り付いた。
更に柄の方から再び水へ戻ると、今度は一直線に整列していく。
本体から伸びる水の円筒が1m程の長さに達した所で、ピシッという音と共に引き締まって凍り付く。
生み出された形状は鍔のない細身の剣、濁りのない氷の刀身は光が写り混まなければ見えないほどに透き通っている。
「これが氷刃の名を冠する所以だ。刃に使う魔法水を変える事で色々な効果を生み出す。例えば、傷口に毒を盛る事も可能だ。」
氷刃の切っ先をチェルニーの近くへ持っていき、触ってみるように促す。
「良く見ておけ。手本を見せられるのは今回が最初で最後だ。」
チェルニーはしっかりと頷いてから、恐る恐るに氷の刃へ触れてから、刀身をなぞったり、折り曲げようとしたりと感触を確かめた。
一通りに氷刃を触らせてから刃を収めて、改めてチェルニーに魔導具を渡した。
次にティティスから魔導具ルアル・ソリテルを受け取る。
「結界刀ルアル・ソリテル、数多の結界を操る事のできるのだが、その本質は術式破壊、つまりはスペルキャンセルだ。」
「結界が操れる事と、術式破壊が結び付かないのだけど?」
「攻撃魔法の類は魔法の核が存在する。その核の破壊に必要な魔導力を何層もの結界で包み、弾丸として打ち込む。」
サラリと行われた説明を理解すると同時に、ティティスが慌てた様子で焦り始めた。
「えっと、ちょっと待ってよ。それは物凄く高度な感知能力や計算じゃないの。」
「ああ、その通り複雑怪奇、俺ですら追い付かないほどにな。だが、それはルアルが勝手にやってくれる。お前の仕事は刀を抜いて振り抜くだけだ。」
そういうと魔導具を腰に据えた形で構えて、抜刀して横に振り抜いてみせる。
抜き放たれた刀身は刃渡り50cmほどの直刀で、切っ先の方が軽く湾曲した上に両刃へと変化していた。
「実演してやるたい所だが、ルアルは親和性が高くないと使えなくてな。仮契約を結んでいる状態では無理だ。」
ティティスは返された魔導具を見詰めながら、少し困った表情を浮かべていた。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/02/6562884
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805
ティティスが顔面蒼白から一変して、笑顔を零しながら魔導具を抱える。
ルワンはその様子に小さな溜め息を漏らしながら見詰めていた。
「聞くまでもないのだろうが、お前等は俺と共に戦うつもりか?」
「うん、ボクがお兄ちゃんと一緒に居たいなら戦わないとダメだって言われた。ボクは頑張るよ、アリシアリスと一緒にね。」
「もちろんよ。私もルアルと同じ、ルワンの役に立ちたいし、一緒に居たいと思うもの。」
躊躇することもなく、2人の言葉が折り重なるように紡がれ、同時に4人分の熱い視線を向けられている気がした。
「俺の隣にいると言うなら、死ぬ気で強くなってもらう必要がある。これも理解した上での発言だろうな?」
ルワンが突き刺さるように語気を強めた言葉を放つも、2人の少女は全く動じず、笑顔さえ覗かせながら頷いた。
その返答を受け取りながら、ルワンはマリアーヌの言葉を思い出しながら、もう一度だけ小さく域を漏らした。
「まずは魔導具との契約を完了させる、と言っても8割ほど済んでいるのだがな。」
そう良いながら、チェルニーから魔導具を受け取る。
「まずは知る事、今度は魔導具の能力を理解してもらおう。本来はこっちを先に知るはずなのだがな。」
金属製で円筒状のアリシアリスを剣の柄へ見立てて構える。
「氷刃アリシアリス、能力は水と氷を操る事、空気中の水分を取り込み蓄える事。ついでに、聖水などの魔法水への精錬も行う。」
ルワンの言葉を証明するように、アリシアリスの先端から水が染み出し、水飴のようにぶら下がったまま凍り付いた。
更に柄の方から再び水へ戻ると、今度は一直線に整列していく。
本体から伸びる水の円筒が1m程の長さに達した所で、ピシッという音と共に引き締まって凍り付く。
生み出された形状は鍔のない細身の剣、濁りのない氷の刀身は光が写り混まなければ見えないほどに透き通っている。
「これが氷刃の名を冠する所以だ。刃に使う魔法水を変える事で色々な効果を生み出す。例えば、傷口に毒を盛る事も可能だ。」
氷刃の切っ先をチェルニーの近くへ持っていき、触ってみるように促す。
「良く見ておけ。手本を見せられるのは今回が最初で最後だ。」
チェルニーはしっかりと頷いてから、恐る恐るに氷の刃へ触れてから、刀身をなぞったり、折り曲げようとしたりと感触を確かめた。
一通りに氷刃を触らせてから刃を収めて、改めてチェルニーに魔導具を渡した。
次にティティスから魔導具ルアル・ソリテルを受け取る。
「結界刀ルアル・ソリテル、数多の結界を操る事のできるのだが、その本質は術式破壊、つまりはスペルキャンセルだ。」
「結界が操れる事と、術式破壊が結び付かないのだけど?」
「攻撃魔法の類は魔法の核が存在する。その核の破壊に必要な魔導力を何層もの結界で包み、弾丸として打ち込む。」
サラリと行われた説明を理解すると同時に、ティティスが慌てた様子で焦り始めた。
「えっと、ちょっと待ってよ。それは物凄く高度な感知能力や計算じゃないの。」
「ああ、その通り複雑怪奇、俺ですら追い付かないほどにな。だが、それはルアルが勝手にやってくれる。お前の仕事は刀を抜いて振り抜くだけだ。」
そういうと魔導具を腰に据えた形で構えて、抜刀して横に振り抜いてみせる。
抜き放たれた刀身は刃渡り50cmほどの直刀で、切っ先の方が軽く湾曲した上に両刃へと変化していた。
「実演してやるたい所だが、ルアルは親和性が高くないと使えなくてな。仮契約を結んでいる状態では無理だ。」
ティティスは返された魔導具を見詰めながら、少し困った表情を浮かべていた。
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/09/02/6562884
[小説:闇に舞う者] part70 ― 2012年08月05日 20時13分53秒
初めての方はこちらの記事からお読み下さい。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805
ティティスはルワンが運命を左右される選択を迫る時、今回のような口調で問うてくる事を知っていた。
問われる側が十分な知識と経験を持っていると判断した時に行われ、一切の質問を受け付けずに選ばれる時を待ち続ける。
どんなに残酷な選択肢であっても、問われた側が泣きじゃくろうとも、ルワンは微動だにせず待ち続ける。
運命を捻り曲げる力を持つ者として、委ねられる選択は当人に任せるための行動だと理解もしている。
それでもなお、目の前に突き付けられた選択肢に困惑して頭の中が白一色で染め上げられた気分だった。
ティティスはパニック状態を自覚して、目を閉じてて大きく深呼吸を繰り返していく。
その様子をチェルニーが心配そうに覗き込み、ルワンは魔導具を差し出して無表情のまま選択の時を待っている。
普段なら不安げなチェルニーへ笑顔の一つでも見せて安心させる所だが、今は自分の事を考えるだけで精一杯でだった。
冷静さを取り戻す為の深呼吸を繰り返しながら、過去に小説『赤の書』で読んだ場面を思い出していた。
殆どの場面において、選択を突き付けられた者達は一瞬だけ戸惑ってから、迷いもなく返答していた。
その迷いがない凛々しい姿は多くの読者を魅了して、『赤の書』における大きな見せ場の一つとなっている。
そんな憧れの場面に立ちながら、狼狽えている自分の姿を想像した瞬間、あまりの情けなさに気分が一気に沈み込んだ。
そのおかげでパニック状態からの抜け出せた事は怪我の功名だが、あまり醜態に軽く泣きたくなる程の羞恥心を覚えた。
ティティスは外法魔導具に対して、人心を惑わし、厄災を引き起こす悪の魔導具といった印象を持っていた。
魔族に身を売るのと同様、人の肉体を捨て、魂の有り様を変える行為への嫌悪感に由来する印象であるとも自覚している。
ルワンもまた魂の有り様を変える行為を好んでいないはずなのに、外法魔導具を手にしている事へ疑問が湧き始めた。
ルワンが納得するような理由を持って外法魔導具へ身を落としたのであれば、拒絶反応をおこす事もなく受け入れられる気がした。
「知りたい」
ティティスの口から小さく言葉を漏れ出た。
言葉が耳を通して全身を巡り、意識が一点に集中していく感覚を覚える。
その言葉の響きが全身を巡り、見えないほどに細い糸で繋がれた魔導具へ伝わっていく。
淡い響きは魔導具へ飲み込まれ、何十倍もの大きく強い意志が津波のような勢いで押し返されてきた。
ティティスは魔導具からの返事を受け取った瞬間に驚き、その直後に曇っていた表情が笑顔へ変わっていた。
「外法魔導具ルアル・ソリテルを貰い受けるわ。」
ティティスが真っ直ぐにルワンを見据えながら宣言して、差し出された魔導具を受け取る。
ルワンはその様子を心なしか嬉しそうな表情で見詰めていた。
「これから宜しくね、ルアル。一緒にルワンの役に立ちましょうね。」
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/08/26/6554862
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805
ティティスはルワンが運命を左右される選択を迫る時、今回のような口調で問うてくる事を知っていた。
問われる側が十分な知識と経験を持っていると判断した時に行われ、一切の質問を受け付けずに選ばれる時を待ち続ける。
どんなに残酷な選択肢であっても、問われた側が泣きじゃくろうとも、ルワンは微動だにせず待ち続ける。
運命を捻り曲げる力を持つ者として、委ねられる選択は当人に任せるための行動だと理解もしている。
それでもなお、目の前に突き付けられた選択肢に困惑して頭の中が白一色で染め上げられた気分だった。
ティティスはパニック状態を自覚して、目を閉じてて大きく深呼吸を繰り返していく。
その様子をチェルニーが心配そうに覗き込み、ルワンは魔導具を差し出して無表情のまま選択の時を待っている。
普段なら不安げなチェルニーへ笑顔の一つでも見せて安心させる所だが、今は自分の事を考えるだけで精一杯でだった。
冷静さを取り戻す為の深呼吸を繰り返しながら、過去に小説『赤の書』で読んだ場面を思い出していた。
殆どの場面において、選択を突き付けられた者達は一瞬だけ戸惑ってから、迷いもなく返答していた。
その迷いがない凛々しい姿は多くの読者を魅了して、『赤の書』における大きな見せ場の一つとなっている。
そんな憧れの場面に立ちながら、狼狽えている自分の姿を想像した瞬間、あまりの情けなさに気分が一気に沈み込んだ。
そのおかげでパニック状態からの抜け出せた事は怪我の功名だが、あまり醜態に軽く泣きたくなる程の羞恥心を覚えた。
ティティスは外法魔導具に対して、人心を惑わし、厄災を引き起こす悪の魔導具といった印象を持っていた。
魔族に身を売るのと同様、人の肉体を捨て、魂の有り様を変える行為への嫌悪感に由来する印象であるとも自覚している。
ルワンもまた魂の有り様を変える行為を好んでいないはずなのに、外法魔導具を手にしている事へ疑問が湧き始めた。
ルワンが納得するような理由を持って外法魔導具へ身を落としたのであれば、拒絶反応をおこす事もなく受け入れられる気がした。
「知りたい」
ティティスの口から小さく言葉を漏れ出た。
言葉が耳を通して全身を巡り、意識が一点に集中していく感覚を覚える。
その言葉の響きが全身を巡り、見えないほどに細い糸で繋がれた魔導具へ伝わっていく。
淡い響きは魔導具へ飲み込まれ、何十倍もの大きく強い意志が津波のような勢いで押し返されてきた。
ティティスは魔導具からの返事を受け取った瞬間に驚き、その直後に曇っていた表情が笑顔へ変わっていた。
「外法魔導具ルアル・ソリテルを貰い受けるわ。」
ティティスが真っ直ぐにルワンを見据えながら宣言して、差し出された魔導具を受け取る。
ルワンはその様子を心なしか嬉しそうな表情で見詰めていた。
「これから宜しくね、ルアル。一緒にルワンの役に立ちましょうね。」
次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/08/26/6554862
最近のコメント