[小説:闇に舞う者] part692012年07月29日 20時00分17秒

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「少しは思い出してきたか?」
ルワンが声を掛けると、チェルニーが視線を持ち上げて真っ直ぐな眼差しを向けてきた。
「言われてみたら、そんな気もするって感じかな?」
「手順を幾つも飛ばして強引な仮契約のようだからな。元より正式に対面していない可能性もあるか。覚えている限りで、アリシアリスの印象を教えてくれるか?」
ルワンに問われたチェルニーは、視線を天井へ泳がせながら記憶の糸を手繰り寄せていく。
唇へ指先を添えて小首を傾げたり、眉をひそめて悩んだり、忙しく表情を変えていく。
暫くして自信なさげな表情を浮かべて、ルワンへ視線を戻して質問へ答える。
「えっとね。大人が1人と子供が2人、全部で3人もいた気がするの。」
「アリシアリスはとある魔族を封印するために魂を3つに割っていた。それぞれがアリシア、アリス、アリシアリスと名乗っていた。つまり、3人で1人なわけだ。」
勘違いでない事を説明してやると、チェルニーの表情に明るさが戻り、言葉にも自信が宿っていく。
「大きくて少し怖い感じのアリシアリス、丁寧な言葉遣いのアリス、お喋りが苦手なアリシアだね。」
ルワンから3つの名前を聞いた途端、チェルニーが嬉しそうに3人の特徴を言い当てて見せた直後、笑顔は驚きへ急変していた。

チェルニーは今し方に名前を知ったばかりの人物について、自分が性格や体格を知っている事へ驚いていた。
古い友人の記憶が掘り起こされるように、名前を聞いた事をキッカケにして様々な情報が流れ混んできた。
チェルニーの変化から事態を察して、ルワンがゆっくりとした口調で話し掛ける。
「知りたい・知ってほしい。双方の意識が合致する時、魂の繋がりが再び強くなる。3人をしっかりと意識してみろ。もっと色々な事が分かるはずだ。」
チェルニーはルワンの言葉へ素直に従って、目を閉じながら深呼吸を繰り返しつつ、記憶の整理へ没頭していく。

チェルニーが暫くして目を開き、ルワンを見詰めた直後に赤面して、慌てた様子で視線を逸らした。。
「お兄ちゃんを見ていると、凄くドキドキするのはなんでかな?」
「アリシアリス達の感情へ触れて、共鳴でもしたか。お前が俺に対する思いにアリシアリスの感情が重なって強調されている状態なのだろうな。」
ルワンが軽く首を傾げながら答えると、チェルニーが納得した様子で手を打った。
「そっか、みんなはボクよりもずっとお兄ちゃんの事が好きなんだね。こんなにドキドキするくらい好きなんだ。凄いね。」
白い歯を覗かせる笑顔を見せながら、ベッドで座ったまま嬉しそうに体を揺らし始めた。
「凄いな。お兄ちゃんが隣に居るだけで凄く幸せな気持ちになってくる。好きな人と一緒にいると、こういう気持ちになるのか。」
「ダメよ、チーちゃん。それは貴方の感情じゃない。酔っちゃダメなの。」
沈黙していたティティスが満面の笑みを浮かべるチェルニーへ対して、やや鋭さのある言葉を投げ付けた。

「外法魔導具が忌み嫌われる最大の原因は所有者の人格が豹変する事にあるの。」
ティティスは頭を抱えて、肩を振るわせながら言葉を吐き出していた。
「今の私は本当に私なの? 何処からが魔導具の、ルアルの影響を受けているのか分からない。」
言葉にした事で恐怖を増大させたらしく、みるみる顔が青ざめていく。
その様子にルワンが呆れて溜め息を吐きながら歩み寄り、顎を掴んで強引に視線を合わせさせる。
「ティティス、お前は力を求めたか?」
ルワンの問いに対して、ティティスが弱々しく首を左右へ振って応えた。
「ならば、お前はルアルの影響を受けていない。人格の変異は力を求めた際の代償だ。まして、仮契約は浸食されるほど深くない。」
「でも、チーちゃんが・・・」
ティティスが目の端に涙を浮かべながら漏らす言葉に、ルワンが再び溜息を漏らした。
「チェルニーが素直すぎる上に、物を知らなすぎるだけだ。経験の薄い感情へ触れてはしゃいでいるだけだ。」
ルワンの説明で多少なり不安が薄れたらしく、震えが小さくなっていく。
「外法魔導具の力とは、封じ込められた魂そのものを意味する。力を求めるとは、魂を受け入れて、1つとなる意を転じる。」
顎先を捕らえていた手を離し、力なく握られた魔導具ルアル・ソリテルを取り上げる。
「依存すれば喰われる、それに間違えないが、こいつ等は共生を望む。差し出された力だけで戦うなら影響は受けない。」
言葉を続けながら後ろへ半歩後退すると、ティティスへ向かって魔導具を差し出して構えた。
「改めてティティス・リアムレイドに問う。お前は外法魔導具ルアル・ソリテルの所有者となるか否か。」

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[小説:闇に舞う者] part682012年06月24日 18時25分13秒

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地下牢を後にしてから目立った異常のないことを確認しながら、食料庫を探して回った。
食料庫は魔法で運用される植物プラントとなっており、千人単位の食料を安定供給できる体制が整っていた。
こういったサービスも魔族と対決まで保証される安全確保の一環であり、契約が機能している証拠となる。
そのため休息へ入る前に確認しておく必要があった。

食料庫へ入るとディーナが瞳を輝かせながら飛び出し、ルワンへ物欲しげな視線を向けてきた。
その表情に呆れつつ、右手で「好きにしろ」というサインを送ってやれば、満面の笑みを残して飛び立っていった。
「俺は3階の部屋へ行っているから、腹を壊す前に戻って来い。」
果物の山を前にして目移りさせている小さな食いしん坊の背中に呼び掛けると、縦方向の旋回で了解したとの合図が送られた。

ディーナと別れてチェルニーとティティスを寝かせた部屋へ戻ると、変わらず穏やかな寝息を立てていた。
「どいつもこいつも気楽だな。」
小さく溜め息を零してからベッドの反対側にソファーを見付けて、そこを寝床と定めて横になると眠りへ落ちていった。

ルワンが視線と話し声に気付いて目覚めると、布団から半身を起こしたチェルニーとティティスの姿があった。
「おはよう、お兄ちゃん。」
ルワンの目覚めへ最初に気付いたのはチェルニーだった。
ティティスとの会話を中断して元気に手を振ってきたので、ルワンも気怠そうに右手を軽く振って応えてやる。
「おはよう。」
ティティスが少し遅れて挨拶してくるも、異様に嬉しそうな表情を浮かべており、ルワンは不愉快そうに眉をひそめた。
「なんだ、その妙に嬉しそうな顔は?」
「寝顔を見せてくれるなんて、凄く信用されている証拠なんだって。だから、嬉しくて仕方ないみたい。」
チェルニーが知ったばかりの知識を披露したいらしく、ルワンの質問へ嬉々とした表情で答えた。
「なるほど、理解した。」
額を抑えながら溜め息混じりに言葉を吐き捨てると、軽く首を回してから立ち上がる。
「お前達への信用じゃない。信頼する物達が選んだからこその信用であって、直接的な信用じゃない。あまり勘違いしてくれるな。」
「信頼しているって、ディーナちゃんの事?」
チェルニーがテーブルの上で眠っているディーナへ視線を向けたが、ルワンは首を横へ振って否定する。
「お前等の持っている魔導具、つまりはチェルニーが持つアリシアリスと、ティティスが持つルアル・ソリテルの事だ。」
ルワンに言われて、与えられた魔導具を右手に握って不思議そうな表情を浮かべた。
「夢と現実の区別が付いていないようだが、お前等はその魔導具のマスターに選ばれ、仮契約の状態にある。」
この言葉を聞いた時、2人の少女は揃ってキョトンとした表情を浮かべて、ルワンがその反応に溜め息を漏らした。

「昔に俺の戦友が傷付いて倒れた際、本人の希望で魔導具へと魂を封じた。そうして出来上がった魔導具をお前達が手にしている。」
「つまり、これは外法魔導具って事?」
割り込んできたティティスの質問へ静かに首を縦に振る。
「外法魔導具って?」
「作るべきでない魔導具。禁術の指定こそ受けていないけど好ましくない。禁止すべきと訴える人もいるわ。」
ティティスが魔導具へ視線を落としながらチェルニーの疑問へ答えた。
「本来の姿を捨て、道具として生まれ変わったが、魂は今もなお生き続けている。俺の大切な仲間としてな。」
ベッドに座ったまま、2人の少女は各々が手にした魔導具へ視線を落としている。
チェルニーは不思議そうに表情で、ティティスは何処か悲しそうな目をしていた。

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[小説:闇に舞う者] part672012年06月10日 19時48分58秒

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チェルニーとティティスをベッドへ寝かせて大広間へ向かっていると、下の階から上がってきたディーナと鉢合わせた。
歩きながらディーナから見てきた映像を受け取ると、屋敷の外観からは想像できない広さの地下牢が存在して、400人ほどの村人が8つの牢屋に押し込められていた。
村の規模から考えると人数が多すぎる印象も受けたが、外見的な特徴を察するとチェルニーの同族とみて間違えなさそうだった。
更に奥へ進むと独房が用意されており、手前の牢屋に比べると厳重な結界が張り巡らされていた。
「独房にベッドが2つもあるのは謎だが、あの夫婦を収めるのには都合いいな。」
人の世話を焼く慣れない作業に加えて、戦闘後の疲労も重なり、ルワンの独り言が多くなっていた。

階段を下りきって大広間へ入ると、チェルニーの両親を包んだ毛布の簀巻きを引き摺りながら地下牢へ向かった。
地下牢への入り口は他の階段と分けられていたものの、特別に隠される事もなく堂々と暗闇へ続く大口を開けていた。
簀巻きにされていると言っても、階段まで引き摺っていくのは気が咎めた事もあり、1人ずつ抱えて階段を下っていった。

2人目を地下まで運んでいく途中、奥で捕らわれている村人達の声が微かに響いてきた。
漏れてくる声の大半は絶望の色に染まった若そうな男の声であり、叱責する声も混じっているが感情的な言葉遣いとなっており、余計に事を荒立てている印象が強かった。
チェルニーのように度胸が据わっている事を期待していたため、軽く憂鬱な気分へ染まりそうになったが、暗い感情を溜め息にして吐き出した。
気持ちをの切り替えを済ませてから、気を引き締めて無表情を作り、止めていた足をゆっくりと動かし始める。

再び簀巻きにした被害者二人を引き摺りながら奥へ進んでいく。
牢屋へ近付く毎に響いてくるざわめきは静まっていき、明かりの下へ進み出れば床と衣服が擦れる音が響いた。
ルワンは恐怖に染まった視線へ見向きもせず、靴音を響かせながら独房まで進んでいく。
階段を下りた所に吊されていた鍵を使って独房を開けると、ベッドの上へ簀巻きにした2人を寝かせてから、部屋の中央へ香炉を配置して魔除けの香を焚いておく。

独房を後にして地上へ戻ろうと歩を進めている途中で、ルワンと同い年くらいの少女が声を掛けてきた。
「あの、すみません。」
静まり返った地下牢で放たれた声を面白いほど良く響いた。
周囲の恐怖に染まった視線とは違い、力強い発声は自然に足を止めさせる魅力を備えており、引き寄せられるように視線を声の主へ向けていた。
「あの2人は、無事なのですか?」
ルワンと視線が合うと同時に質問が投げ掛けられた。
この娘もまたチェルニーのような度胸の据わっているのだろうと感心しながら、声を掛けてきた少女へ近付いていき、格子越しに向き合ってから質問へと答えた。
「命こそ繋ぎ止めているが、魔獣を体へ埋め込まれている状態だからな。無事と言ってよいものかどうかは分からんな。」
少女は答えを聞いた所で俯いて小さく溜め息を漏らしてから、先程よりも力強い視線を向けてきたが、混乱して次の質問が口をでない様子だった。
ルワンの袖を掴んだまま唇を振るわせる様子を見ていると、自分が虐めているような居心地の悪さを感じた。
「俺の名はルワン・F・ダウロス。チェルニー・ウィドールの依頼により、彼女の両親と村を救出に来た者だ。」
ルワンの言葉を時間を掛けて噛み砕いて意味を理解した途端に、少女は腰を抜かしたように座り込んでいた。
「終わっていないが、ひとまずの脅威は退けた。一眠りした後に解放してやるから、少し大人しく待っていろ。」
そう言い残して立ち去ろうとした所で、今度は罵声と呼ぶべき男の大声と、鉄格子を揺さぶる騒音が響いてきた。
「寝るとかふざけるな。安全なら今すぐにここから出せよ!」
「戦闘で満身創痍でな。お前のような輩に彷徨かれてはゆっくり眠れねぇ。故に、出さない。」
格子に両手で掴みながら野獣の如く吠える男を睨み付けながら言い放ち、様々な感情の混ざった視線を受け止めながら地下牢を後にした。

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[小説:闇に舞う者] part662012年06月03日 20時23分46秒

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ディーナが見送ってから振り返ると、戦闘の痕跡を残す床に転がる4つの人影が目に入る。
「宴会の片付けを押し付けられた気分だな。」
小さく溜め息と一緒に言葉を漏らしながらチェルニーへ歩み寄り、抱き上げてティティスの隣まで移動させる。
異次元と繋がるポーチから取り出した1枚の毛布を2人の体へ掛けて、埃を被らないよう処置をしてやる。

チェルニーの両親が居る場所まで移動してから、ポーチから横幅が30cmほどある帯と魔法薬の入った小瓶を取り出してた。
ヴァンの実験台とされた2人に掛けてあった毛布を剥がして、そのまま隣の床へ大きく広げ直す。
広げた毛布の上に横たわらせて、巻き寿司のように丸めながら魔法薬を振りかけていく。
最後の仕上げに幅広の帯で縛り上げていく2本の簀巻きを完成させた。
「これで易々とは暴走しないはずだ。そのままの調子で少しずつ魔獣を手懐けていけ。」
眠り続ける2人の被害者へ語り掛けると、再びチェルニー達の方へ戻ってから床へ腰を下ろした。

2つほど深呼吸をした所でディーナが戻ってきて、ルワンの膝の上へ着地すると同時に両手を突き出してきた。
ルワンが手を重ねると頭の中へディーナの見てきた映像が早送りビデオのように再生されていく。
「浴室付きの2人部屋を使うか。1人ずつ運ぶから、この部屋の見張りを任せる。」
ディーナが頷いたのを確認してから立ち上がり、ティティスの膝と背中へ手を掛けて抱き上げる。
大広間の奥へ進んで最初の階段を使って3階まで登り、再び大広間のあった方角へと進んでいく。
他と扉の装飾が異なる部屋の前で立ち止まり、大荷物を抱えたままドアノブを回してみると、鍵が掛かっていないらしく簡単に開いた。
室内へ入り、2つあるベッドの窓際へティティスを座らせてから布団を捲り、靴を脱がせてから寝させて布団を掛けてやる。
空いているベッドの布団を捲ってから部屋を出て、チェルニーも移動させるために大広間へと戻っていく。

途中の階段は1段ずつ降りるのが億劫に感じられたので、20段を一気に飛び越えて6回の跳躍で1階まで下った。
大広間が見えてくると、ディーナが暇を持て余して部屋中を飛び回っている様子が窺い知れた。
「退屈なら地下牢を探しておけ。」
ルワンの姿を見付けて飛び付いてきたディーナを引き剥がしながら命令すると、癒そうな顔を見せてから屋敷全体を見渡す為に窓から外へ飛び立っていった。
チェルニーを先程と同様に抱きかかえると、ティティスを寝かせた部屋まで連れて行って、空いているベッドへ寝かせる。
最後に香炉をベッドサイドへ置いて、鎮静作用のある香を仕込んでから部屋を後にした。

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[小説:闇に舞う者] part652012年05月20日 18時19分53秒

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人間界に於ける魔族の強さは召喚された時点で殆ど確定して、その上限が引き上げられる事はない。
強大な魔族を召喚しようと試みる場合、何段階もの重ね合わせた儀式によって、段階的により完全に近い形を目指す。
ヴァンに関して言えば、人間に種子を植え付けて十分に肉体へ馴染ませて、特定の条件でのみ発芽するよう仕込まれたのだろう。
魔族の種子が発芽する条件は禁術『魔界の貪欲なる炎』に焼かれ、宿主が死を確信することであったはずだ。
だからこそ、ヴァンは使い勝手の悪い禁術を最強の魔法として教え込まれて、危機へ陥った際に使用するよう言い含められたと考えられる。
闇の森へ踏み込むレベルの魔導士であれば、禁術『魔界の貪欲なる炎』の対処法を心得ているはずで、現状はその目論見の通りに事が運んでいるわけだ。

まんまと乗せられた面白くない気分に奥歯を食い縛るしかなかった。
魔族を滅ぼせば禁術が解放される不完全な成形も、儀式への参加を強制するための交渉カードとして用意された布石と考えられた。
このような深読みを誘うためのブラフという可能性も少なからず残っていても、運命を委ねるにしては細すぎる希望の糸に思えた。
「だいぶ考えが巡ったみたいだね。」
ヴァンが口の端を吊り上げて笑いながら、問いかけてくる。
「ルールを聞こうか。」
ルワンが構えを崩さず、魔導力の回復させる呼吸も止めずに返事をした。

「僕はダンジョンへ籠もって君等を待つ。僕からは動かないし、屋敷に居る限り身の安全も保証する。ただし、僕を倒さない限り半径1km圏内から出られないよ。」
提示された条件は比較的にポピュラーな条文であり、目立った問題点も見当たらなかった。
ルワン達が倒しに行かなかった場合、ヴァンは永遠にダンジョンへ籠もる事になるので、双方にデメリットが存在する形となっている。
「良いだろう。その条件で儀式へ参加してやる。」
「当然だけど、後戻りはできないよ。」
ヴァンが嬉しそうに顔を歪ませながら、小さな魔法陣を空間へ描き出すと、ルワンの目の前へ飛ばしてきた。
「それが契約書だよ。君が手を触れた瞬間から儀式が開始される仕組みさ。」
ルワンが飛ばされてきた魔法陣へ手を重ねると、部屋中が一瞬に目映い光に包まれる。
契約という名の呪いを魂へ刻み込む光を浴びながら、ヴァンを睨み付けると今にも舌なめずり始めそうな表情を見せていた。
「いつでもおいで。待っているよ。」
そう言い残すと同時に地面へ描き出された魔法陣に飲み込まれて姿を消していった。

ヴァンが退場して間もなくして、チェルニーとティティスが静かに座り込み、魔導力の放出が止まっていた。
それからゆっくりと横へ倒れ込むと、筋かな寝起きを立て始めた。
その安心しきった寝顔を見下ろしていると気が抜けてきて、ルワンも小さく溜め息と共に緊張を解くことができた。
「ディーナ。こいつ等を寝かせる部屋を探しへ行ってこい。」
ルワンが武器を片付けながら指示を飛ばすと、ディーナは全身に光を纏いながら勢いよく飛び出していった。

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[小説:闇に舞う者] part642012年05月13日 20時48分22秒

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禁術を押さえ込んだ立体魔法陣が安定状態へ入り、周囲を包み込んでいた重苦しい気配も中和されつつあった。
その状況下でもルワンばかりか、チェルニーとティティスの体を預かる魔導具達も一切気を抜かず臨戦態勢を保っている。
ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら漆黒の球体を見据える静かな瞳は、禁術が消滅した後も油断しないだろうと確信させる雰囲気を帯びていた。
更に魔導力が回復が進むにつれて、眼差しの帯びる威圧感が増大していき、否応なしに緊張感が高まっていく。
「油断するどころか更に威圧してくるなんて、随分と疑り深い人間もいたものだ。人間など平和惚けした馬鹿ばかりと思っていたよ。」
不意に立体魔法陣の奥底から響いてきた声にも、ルワンは眉をひそめる程度の反応しか見せなかった。

魔法陣から響いてきた声は明らかに人間の喉から発せられた音ではなく、深い洞窟の奥底から響いてきたような反響音となっていた。
「その顔からすると不安が的中したと言った感じか。それなら勘が良いと褒めるべきなのかな。」
ルワンは語り続ける声を聞き流しながら、変わらないリズムで深呼吸を繰り返し、魔導力の回復に集中し続けた。
まるで聞く耳を持たない様子に飽きたのか短い沈黙が訪れ、直後に禁術の炎が粘性のある液体を思わせる質感へ変化し始める。
30秒と経たない間に液体が粘土のように固まり、人型をした魔族の形状へ生まれ変わっていく。
膝を抱える胎児の姿勢で肉体の成形を待った魔族は、完成と同時に黒一色の四肢を勢いよく伸ばし、立体魔法陣を意図も容易く破壊してみせた。

魔法陣を抜け出すと同時に周囲の瓦礫を取り込み、外皮と衣服を形作っていく。
最終的に完成した姿は右腕だけが長いなど異様な点もあれど、基本的な容姿は宿主だったヴァンに似せられていた。
瞼の裏にある空洞へ怪しい赤い光を灯した瞳をルワンへ向け、黒い煙が漏れる口を歪めて笑う。
「やぁ、どうも。ボクの名前はヴァン、奇しくも宿主と同じ名前だ。」
返事をする代わりに突撃姿勢へ入るルワンに対して、ヴァンがわざとらしく慌てた様子を演出しつつ、手の平を向けて静止する。
「止めておいた方が良いよ。僕はちゃんと見ていたから、君の魔力が枯渇している事を知っているよ。」
「そっちも未完成だろう。一点集中で核を突けば倒せる。」
「確かに倒せるかも知れないね。でも、今の状態で僕が消えると禁術が再び野放しになるけど、封じて滅する準備はあるのかい?」
攻撃して見せろと言わんばかりに両手を広げて見せながら、低く嫌みな笑い声を漏らす。
「脅威の禁術も魔界では繁殖力が強いだけの雑草さ。僕なら簡単に押さえ込める。君は生き残る権利を得る代償に、儀式へ参加する以外の選択肢を与えられていないのさ。」

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[小説:闇に舞う者] part632012年04月22日 18時29分52秒

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禁術の炎は悶える獣のように荒れ狂って、立体魔法陣を歪ませて、その隙間から這い出そうとした。
ルワンは炎が漏れ出そうになった箇所へチャクラムを向かわせ、集中的に魔導力を送り込んで押し返す作業を繰り返す。
立体魔法陣を維持するばかりでなく、隙を見付けては球体の体積を絞りながら締め上げていく。
球体が縮む事により中央へ炎が押し込められる密集度が上がると、共食いが促進させる効果に繋がる。

ルワンは荒い呼吸で肩を揺らしながら、額から流れ落ちる汗が目に入ろうと気にせず、立体魔法陣の状態へ目を光らせ続けた。
立体で魔法陣を形成する事で全体へ等しく効果を及ぼせる反面、平面では起こらない歪みという問題が生じる。
常に魔法陣の歪みを確認して調整する必要があるため、立体魔法陣は通常なら数名の術師が連携して発動させる。
ルワンが立体魔法陣を独りで維持できている理由は、チャクラムが持つ特殊能力を発動させているためだ。
棍が『時の図書館』への入り口を開き、黒衣が超高速再生を可能とするように、チャクラムはルワンに『天眼』の能力を付加する。
天眼は全てを見通す目を意味して、その実体はチャクラムの存在する位置から見える景色を受信する能力となる。
チャクラムが立体魔法陣の周囲を旋回している現状で言えば、ルワンは1人で立体魔法陣の全体像を把握できる事になる。

ルワンの額から噴き出す汗は枯渇した魔導力を振り絞っている状況と、膨大な量の映像を処理している故の知恵熱と2つの意味を持っている。
1秒を30秒と錯覚するほどに思考を加速された世界で孤独感に潰されながらも、義務感に支えられて苦行へ耐える。
ただ立体魔法陣を維持する事だけに専念する時間の中に、息苦しさや疲労を感じる暇など何処にも存在しなかった。

「しんどいな。」
実時間で1分ほどの時間を走り抜けたルワンが、小さく呟きを漏らしてからチャクラムを操って手元へ戻した。
最大で直径5mまで膨れていた立体魔法陣は身の丈まで縮こまり、今では歪みを生じさせる事もなく安定していた。
「後はもう自滅を待つのみだな。」
頭は沸騰している熱を帯びている事もあり、平熱である手でさえも濡らしたタオルのように冷たく感じられた。

後は禁術の自然崩壊を待つばかりという段階へ入ってもなお、ルワンは油断する事なく状況を見詰めていた。
ヴァンの口振りからすると、彼は禁術『魔界の貪欲なる炎』を最強の魔法として、何者かに教授されたと推測される。
最大の疑問点は数ある禁術の中から『魔界の貪欲なるる炎』選択された理由だ。
確かに厄介であっても対処法の確立された術式である上に、魔族の力を得ていると言えども素人か扱うには問題点が多すぎた。
闇の森で暮らす連中は良くも悪くも行為の魔導士なので、もっと扱いやすくて強力な禁術を用意できたはずだ。
そう考えると嫌な予感を拭いきれず、今もなお枯渇した魔導力の回復を急ぎながら、油断せずに事態を見守った。

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http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2012/05/13/6444975

[小説:闇に舞う者] part622012年04月15日 17時35分25秒

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無事に術式が組み終わると、九頭棍に淡い光で描かれた文様が浮かび上がった。
ルワンはその文様を確認しながら立ち上がり、大きく深呼吸を繰り返しながら踵を返す。
彼を保護するため少女達から放出された魔導力と、ヴァンの殺意が衝突した際に生まれた闘気を空気と共に吸い込んでいく。
間接的に得た闘気を燃料に小さな火種を起こして、前線へ出るための魔導力を蓄えていく。
「結局のところ、俺は独りで戦えるほど強くないのさ。」
2度目の深呼吸の後に、ルワンがぽつりと呟いた。
「ディーナがいなければ、魔導力が安定しなくて術式が組めない。」
ゆっくりと一歩を踏み出す。
「魔導力と術式の相性の悪さを緩和する魔導書も、作業場も、どれもこれも与えられた物ばかりだ。」
少女達と一列に並んだ所で立ち止まり、殆どの肉が削ぎ落ちたヴァンを見据える。
「魔導力さえ自分一人で生み出せやしない。俺は常に、敵にも味方にも支えられて戦っている。」
全身に淡い闘気の輝きを纏ってから、少女達が形作る魔導力の壁を踏み越えて、ヴァンの敵意を正面から受け止める。
圧力にさえ耐えられるのであれば、剥き出しの敵意は闘気を練り上げるのに都合が良かった事もあり、枯渇した魔導力が一気に回復していく。
「俺は弱い。だが、絶対に諦めない。」
床を踏み鳴らす大きな一歩を踏み出し、部屋中に充満していたヴァンの敵意を気迫で押し返した。

室内の雰囲気が一変した所で、九頭棍を前方へ突き出すと、強い輝きと共に変形を開始して、12本のチャクラムへと姿を変える。
チャクラムは自然落下を開始する前に闘気の炎に包まれ、ルワンが指を弾くのと同時にヴァンへ向かって飛んでいき、その周囲を猛スピードで旋回し始める。
全てのチャクラムが一定の軌道に乗ったところで、ルワンが再び指を弾いて合図を送ると軌道上に光の文様が刻まれていく。
ヴァンを包み込む立体魔法陣が瞬く間に描き出される。
立体魔法陣が無事に展開されると、ルワンが見えない球体をなぞるような動作を開始する。
その動きに呼応してチャクラムから立体魔法陣へ魔導力が注ぎ込まれて、10秒と掛からずに完成されて術式が発動する。

時を同じくしてヴァンの魔法も完成させて、断末魔のごとき言葉を成さない叫びを上げた。
ヴァンの放つ悪意の気配が瞬間的に膨れ上がるも、立体魔法陣によって押し込められて収束する。
ヴァンの叫びからワンテンポ遅れて、大気を揺るがす衝撃と共に立体魔法陣が体積が2倍へ膨れ上がった。
膨れ上がった事で生まれた隙間から、内側で漆黒の炎が蠢く様が窺い知れた。

発動された禁術『魔界の貪欲なる炎』を止める方法は単純に共食いさせればよい。
立体魔法陣は反発し合う磁石のように漆黒の炎を遠ざける特性を持ち、禁術へ触れる事なく押さえ込んでいる。
このまま立体魔法陣を維持し続ければ、術師すら食い荒らす凶悪さが仇となり、共に囲われているヴァンは自滅する事になる。

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[小説:闇に舞う者] part612012年04月01日 18時22分14秒

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「素直と言えば聞こえも良いが、お前等の場合は盲信と呼ぶべきだな。」
ルワンが目の前で起きている変化に対して、苦笑混じりの一言を漏らした。
たった一言の呼び掛けによりチェルニーとティティスの状況は一変していた。
少女達を囲う結界の内側で、嵐の如く荒れ狂っていた魔導力は見る間に規則正しい流れへと変化して落ち着いていた。
今の魔導力は魔導具を握る右手より体内を巡り、体外へ放出されると空間を泳いで、最終的に魔導具へ戻っていく。
時の経過と共に空間を巡る魔導力の量が減少していき、体を這うような流れに至ると、全身が淡く輝いているように見えてきた。
浮き上がっていた体も地へと降り立ち、静かに深呼吸を繰り返すような呼吸へと変わっていた。

うっすらと開かれた瞼の奥、焦点の定まらない瞳がゆっくりとルワンの方へ向けられる。
その視線を受け止めたルワンが指を弾くと、乾いた音と共に少女達を守っていた結界が消滅する。
ティティスが左手を、チェルニーが右手を水平に掲げながら歩き出して、ルワンを追い越して前線へ立った。
少女達の掲げられた手を結ぶように魔導力が通い始めて、ルワンをヴァンの魔導力から守る壁となる。
「背を任せるぞ。」
ルワンは小さく呟くと、床へ腰を下ろして胡座を組み、九頭棍を膝へ掛ける橋のように乗せた。
ディーナは隠れていたルワンの胸元から飛び出すと、九頭棍の上に座って即座に瞑想を開始する。

ルワンが瞑想に入ったディーナとシンクロ状態を確立すると、魂が引き込まれる馴染みの感覚に覚える。
戦場の真っ直中でシンクロが行われた影響を受けて、多少のノイズを感じられた事もあり、目を開く際に小さく息が漏れていた。
目の前に広がる世界は『時の図書館』と呼ばれる精神世界で、ルワンとディーナしか入る事を許されない特別な空間であった。
空よりも高い書架が地の果てまで立ち並び、数え切れない魔導書で埋め尽くされている。
書架と魔導書を除けば、床と書斎机に椅子が在るのみで、蔵書以外に何も考慮されていないような世界が広がっている。

ルワンが椅子へ腰を下ろすと同時に1冊の魔導書が降ってきて、書斎机と衝突する直前で一瞬の静止の後に音を立てず着地する。
その後も同じように魔導書が降ってきて、瞬く前に5冊の本が書斎机の上へ集められた。
ルワンは集まった魔導書の表題を確認して、目的の術式が記載されたページまで紙を捲っていく。
目的のページを見付けると、そこを開いたまま書斎机の上へ戻して、次の魔導書へ手を伸ばす。
全ての魔導書を開き終える頃に書架の森から不安げな表情のディーナが出てきた。
「魔導書は揃っている。行くぞ。」
投げ掛けられた言葉を安堵の笑みを零したディーナが、差し出されたルワンの手に小さな手を重ねる。
その瞬間に先程と真逆の感触を覚えると、現実世界へと帰還していた。
書斎机の上に置かれた魔導書のページは、今も眺めていると錯覚するほど鮮明に脳裏へ焼き付いる。
術式を組もうと想像すれば、該当する内容の記載された魔導書が輝いて見える。
仮に書斎机に置かれた魔導書に記されていない術式を使おうとすれば、魔導力が乱れて失敗してしまう。

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[小説:闇に舞う者] part602012年03月18日 17時54分51秒

初めての方はこちらの記事からお読み下さい。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805

感覚のみで存在する世界に戸惑いながらも、安心できる居場所を見付けた事により、混乱が解けて記憶が蘇ってくる。
取り戻した記憶は映像を切り抜いた絵手紙のような形となって飛び交い、黒一色だった世界で咲く花のように散らばっていく。
何処を見渡しても何らかの記憶が目に入る状況まで至ると、どの映像も同じ人物が中央に据えられている事に気付かされた。

数多の記憶の中心に置かれた人物の名を少女達は知っていた。
呟くようにその名前を口にした瞬間、数多の絵手紙が旋風に巻き上げられた花びらの如く舞い始めた。
その旋風の中心で飛び交う記憶の欠片を眺めていると、見知らぬ記憶が多く混じっている事へ気付いた。
覚えのない欠片へ手を伸ばせば、触れると同時に弾けて消え、在りし日の記憶として心へ刻み込まれていく。
「これは君達の記憶?」
チェルニーが幾つもの記憶を受け取る中で感じた事を口にしてみると、体を支えてくれている者達が微笑んだように感じた。
「貴方はルワンに信頼されていたのね。凄く羨ましいわ。」
ティティスは記憶の持ち主へ対するルワンの視線に胸を躍らせ、同時に言いようのない悲しみも受け取って瞳を潤ませていた。

少女達に記憶を託している人物を知りたいと思い始めた直後、世界に新たな色で染まり始めた。
闇よりも更に重たい色が遙か彼方から吹き上がり、記憶の欠片で彩られた世界を一瞬で塗り潰していく。
突然の嵐へ必死に堪えている中で、支えとなっていた人物の表情が曇っていく様子を感じ取れた。
悲しみにも似た感情を零しながら、唯一の支えだった気配がゆっくりと薄れていく。
消えてしまうのかと焦りを感じた直後、悪寒と共に体の中へ何かが潜り込んでくる感触に捕らわれる。
何が起きているのかと混乱しながらも、必死に感覚を研ぎ澄ましてみれば、消えようとしている風に見えた事が錯覚で、本当は自分達の体へ沈み込んできているのだと判明した。

理解が追いつかない状況の中で生まれた恐怖という感情は、先程までの安息地だった存在を拒絶する。
意識ではなく本能的からの拒絶に対しても、相手の行動は変わらず、全身を軋ませる衝撃が駈け巡る。
苦痛は更なる恐怖を呼び覚まし、拒絶する力が増す毎に衝撃が大きくなっていく。
延々と増大していく苦痛に取り込まれて、自己を保つ事さえままならない状況へと陥っていく。
恐怖が絶望へと変わりそうになった瞬間、世界に一筋に光が差し込んできた。
懐かしく、そして心強さを備えた光から言葉が溢れ出す。
「ティティス・リアムレイド、チェルニー・ウィドール。抗うな、受け入れろ。そいつは俺の戦友だ。」
ルワンの言葉を聞いた瞬間、全身から不安や恐怖といった感情が消え去っていた。
心が落ち着きを取り戻した事で、体を浸食される不快感へも堪えられた。
改めて見てみれば、体を沈み込ませている者達も苦痛に顔を歪ませていた。

「名前を教えてほしいな。」
チェルニーが全身の力を抜きながら、必死の笑みを浮かべながら問いかける。
「私の名前はアリスと言うの。」
右足の少女が応える。
「アリシア。」
左足から短い言葉が届く。
「私はアリシアリスと言います。やっと名前を聞いてくれましたね。」
背中から包み込まれるような静かな声が届いた。

「貴方は誰? 私が知っている人なの?」
ティティスも背後に立っている人物へと問いかけると、澄んだ声が流れ込んでくる。
「名はルアル・ソリテルと申す。残念ながら、この名は『赤の書』に登場しない。」
向日葵のような笑顔を背中に感じながら、ティティスは再びルアルへ背中を預けるようにゆっくりと力を抜いていった。

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