楽しくも 何処か気になる 話し振り ― 2010年04月22日 19時43分23秒
中学入学当初の昔話が今日で 3日連続となって、意図せず連載となってしまっているのだけど、この話はオチがないから何処で止めてよいのか分からず、苦笑を滲ませている。
とりあえず今日か明日くらいで一段落としたいと思いつつ、続きを書いてみる。
学校という空間で人に話しかけられる状況に軽く混乱している俺を置き去りにして、目の前の女子生徒は喋り続けていた。
話の内容は 8割近くが右から左へと流してしまっても構わないレベルの世間話が殆どだったので、適当な相づちを入れながら中学校生活で最初で最後となるかも「俺に話しかけてきた女子」の人間観察をしていた。
表情の豊かさは百面相と称しても良いレベルで、裏表の性格と人に媚びたりしない性質が見て取れて、人間性は及第点なのだが少しばかり騒がしいところが玉に傷だった。
その騒がしさにも慣れ始めた頃になると、ちらほらと廊下を歩く生徒の姿が見えるようになってくると、少しずつ目の前の騒音源がテンションを下げていき、教室の座席が半分ほど埋まった頃には普通の会話になっていた。
最初の方は相づちを入れているだけで満足してくれていた女子は、いつの間にやら俺にも発言を促すようになっていて、まともな会話として成立する状況が作り出されていた。
強制ではなく流れの中で状況をコントロールする能力を有する辺りを見ていると、静かな学園生活を望む俺としては少しやっかいな相手となりそうな予感がした。
結局のところ彼女はホームルームが始まる直前まで喋り続けて、自分の席へ戻る時に「また後で」と言い残していった。
その言葉通りにそのクラスメイトは休み時間が来ると当然のようにやってきては次の授業が始まるまで話し続けたため、その日の内に俺の隣の席は彼女に明け渡されるリズムが定着していた。
小学校時代から全く想像もできない賑やかな学校生活も、懐いてきた女子生徒の相性のおかげか午前中で違和感を覚える事は無くなっていた。
居心地の悪さがない反面で彼女の会話の節々に、俺の人間性を知りながら話題を振っている気配が感じられて、喉元に小骨が刺さったような違和感があった。
あまり人の顔や名前を覚える事か得意でないと自覚しているが、さすがに自分の人間性を晒け出したことのある知り合いなら覚えているはずであり、目の前の少女は記憶に該当者がいなかった。
実質的に俺のことを知っているはずがないのに、話の振り方はテレビをあまり見ない事や、猫よりも犬の方が好きなこと、音楽やアイドルに関する話題は振るだけ無駄、といった事を心得ているようにしか思えない。
ここまで仲良くしてもらっておいて「前に会ったことある?」と聞くのも失礼なこと極まりないので出来ず、とりあえず妙に人懐っこいクラスメイトと認識してつく会うことにした。
終わらなかった・・・
問題の女子生徒の正体を暴いたところで一段落とするつもりです。
とりあえず今日か明日くらいで一段落としたいと思いつつ、続きを書いてみる。
学校という空間で人に話しかけられる状況に軽く混乱している俺を置き去りにして、目の前の女子生徒は喋り続けていた。
話の内容は 8割近くが右から左へと流してしまっても構わないレベルの世間話が殆どだったので、適当な相づちを入れながら中学校生活で最初で最後となるかも「俺に話しかけてきた女子」の人間観察をしていた。
表情の豊かさは百面相と称しても良いレベルで、裏表の性格と人に媚びたりしない性質が見て取れて、人間性は及第点なのだが少しばかり騒がしいところが玉に傷だった。
その騒がしさにも慣れ始めた頃になると、ちらほらと廊下を歩く生徒の姿が見えるようになってくると、少しずつ目の前の騒音源がテンションを下げていき、教室の座席が半分ほど埋まった頃には普通の会話になっていた。
最初の方は相づちを入れているだけで満足してくれていた女子は、いつの間にやら俺にも発言を促すようになっていて、まともな会話として成立する状況が作り出されていた。
強制ではなく流れの中で状況をコントロールする能力を有する辺りを見ていると、静かな学園生活を望む俺としては少しやっかいな相手となりそうな予感がした。
結局のところ彼女はホームルームが始まる直前まで喋り続けて、自分の席へ戻る時に「また後で」と言い残していった。
その言葉通りにそのクラスメイトは休み時間が来ると当然のようにやってきては次の授業が始まるまで話し続けたため、その日の内に俺の隣の席は彼女に明け渡されるリズムが定着していた。
小学校時代から全く想像もできない賑やかな学校生活も、懐いてきた女子生徒の相性のおかげか午前中で違和感を覚える事は無くなっていた。
居心地の悪さがない反面で彼女の会話の節々に、俺の人間性を知りながら話題を振っている気配が感じられて、喉元に小骨が刺さったような違和感があった。
あまり人の顔や名前を覚える事か得意でないと自覚しているが、さすがに自分の人間性を晒け出したことのある知り合いなら覚えているはずであり、目の前の少女は記憶に該当者がいなかった。
実質的に俺のことを知っているはずがないのに、話の振り方はテレビをあまり見ない事や、猫よりも犬の方が好きなこと、音楽やアイドルに関する話題は振るだけ無駄、といった事を心得ているようにしか思えない。
ここまで仲良くしてもらっておいて「前に会ったことある?」と聞くのも失礼なこと極まりないので出来ず、とりあえず妙に人懐っこいクラスメイトと認識してつく会うことにした。
終わらなかった・・・
問題の女子生徒の正体を暴いたところで一段落とするつもりです。
期待より 大きな一歩 気圧されて ― 2010年04月21日 19時22分22秒
今日は覚えていたので昨日の続きを書いていこう。
ちなみにこの先の話はうろ覚えの部分が多いので、少し脚色を入れていくので悪しからず。
教室の入り口で悔しがっていたクラスメイトと思われる女子は、最後に大きな深呼吸してから移動を始めて、俺の座席から左隣の3つ前にある机に鞄を置いた。
そのまま机を見下ろしながら何か考えていた後、何かを思い立ったように頭を上げると、俺の前まで自分の椅子を運んできた。
何が始まるのかと見守っている俺と向かい合わせとなるように椅子を置いて、座るのと同時に溜め息を声に出しながら机へ突っ伏した。
しかも、頭を下げる勢いはポニーテールが無知のように襲ってくるほどで、避けるという手間を負わされたけれど、目の前に鎮座する生き物の行動が面白すぎたのか嫌な気にはならなかった。
跳ね上がった髪の毛が落ち着いた頃に、今度は勢いよく頭を上がると「おはよう」とやたらと力強い口調で挨拶をしてきたので、色々とタイミングが狂っているせいか言葉がすぐに出なかった。
こちらの心境を察したのか、ただの勢いなのか分からないが、俺が挨拶を返す前に「おめでとう、あんたが一番早く登校した新入生よ」と勝手に祝福し始めた。
それだけ言うと再び机へ突っ伏して、呆気に取られている俺を置き去りに自分の世界へ飛び立ってしまったようだった。
とりあえず挨拶を返していなかった事を思い出して、後頭部に向かって挨拶をしてみると、勢いよく顔を上げると「私は一番早く登校した新入生の女子よ」と拳を握りしめて吠え出した。
その後も女子生徒は深呼吸をしてから、家を出てからの話を矢継ぎ早に並べ立て、最後に他のクラスが誰も来ていない事を知って心を躍らせていたのに、たった 1人の先客の存在にどれだけショックを受けた力説してくれた。
俺は適当な相づちを入れつつ、自分に話しかけてくる奇妙な女子を眺めながら中学校という新しい環境での生活が始まったのだと実感していた。
それというのも小学校での俺は「超」が付くほどの問題児として知られており、教師でさえも声を掛けてくる事がないなんて生活を送っていて、教室で誰かと話をしている姿なんて想像できなかった。
しかし、学区の関係で俺と同じ中学校へ進学する生徒が学年に10人も居なかったので、先入観を持たれず生活できるのではないかと淡い期待をしていた事は間違えない。
しかし、初日から女子と対面で会話をするような事になるとは思いもよらなかった。
という所で、今日の分は終わりにしたいのだけど、話があまり進まないな。
少し描写を入れているから打つより考える方が長くなっている気がする。
「たまにはこういうのも悪くないかな」と思っているのだけど、読む側はどうだろ?
ちなみにこの先の話はうろ覚えの部分が多いので、少し脚色を入れていくので悪しからず。
教室の入り口で悔しがっていたクラスメイトと思われる女子は、最後に大きな深呼吸してから移動を始めて、俺の座席から左隣の3つ前にある机に鞄を置いた。
そのまま机を見下ろしながら何か考えていた後、何かを思い立ったように頭を上げると、俺の前まで自分の椅子を運んできた。
何が始まるのかと見守っている俺と向かい合わせとなるように椅子を置いて、座るのと同時に溜め息を声に出しながら机へ突っ伏した。
しかも、頭を下げる勢いはポニーテールが無知のように襲ってくるほどで、避けるという手間を負わされたけれど、目の前に鎮座する生き物の行動が面白すぎたのか嫌な気にはならなかった。
跳ね上がった髪の毛が落ち着いた頃に、今度は勢いよく頭を上がると「おはよう」とやたらと力強い口調で挨拶をしてきたので、色々とタイミングが狂っているせいか言葉がすぐに出なかった。
こちらの心境を察したのか、ただの勢いなのか分からないが、俺が挨拶を返す前に「おめでとう、あんたが一番早く登校した新入生よ」と勝手に祝福し始めた。
それだけ言うと再び机へ突っ伏して、呆気に取られている俺を置き去りに自分の世界へ飛び立ってしまったようだった。
とりあえず挨拶を返していなかった事を思い出して、後頭部に向かって挨拶をしてみると、勢いよく顔を上げると「私は一番早く登校した新入生の女子よ」と拳を握りしめて吠え出した。
その後も女子生徒は深呼吸をしてから、家を出てからの話を矢継ぎ早に並べ立て、最後に他のクラスが誰も来ていない事を知って心を躍らせていたのに、たった 1人の先客の存在にどれだけショックを受けた力説してくれた。
俺は適当な相づちを入れつつ、自分に話しかけてくる奇妙な女子を眺めながら中学校という新しい環境での生活が始まったのだと実感していた。
それというのも小学校での俺は「超」が付くほどの問題児として知られており、教師でさえも声を掛けてくる事がないなんて生活を送っていて、教室で誰かと話をしている姿なんて想像できなかった。
しかし、学区の関係で俺と同じ中学校へ進学する生徒が学年に10人も居なかったので、先入観を持たれず生活できるのではないかと淡い期待をしていた事は間違えない。
しかし、初日から女子と対面で会話をするような事になるとは思いもよらなかった。
という所で、今日の分は終わりにしたいのだけど、話があまり進まないな。
少し描写を入れているから打つより考える方が長くなっている気がする。
「たまにはこういうのも悪くないかな」と思っているのだけど、読む側はどうだろ?
朝一の 静けさ破る 来訪者 ― 2010年04月20日 19時22分52秒
昨日に引き続いて今日も今週中に片付けた案件の 1つをドキュメントの修正を残すばかりと完成度を 9割近くまで高めることができたので、足取りも軽く会社を出ることができた。
今日は朝から気分が良くて、少し昔を思い出したりする余裕があったりと、自分でも意外だと思ってしまうほど精神的に安定している。
歓迎すべき状況である事は間違えないのだけど、この先にどのような落とし穴が待ち受けているのかと想像してしまうと、背筋がゾッとするような不安に駆られてしまう。
しかし、折角に気分がよいのだから余計なことを考えるのを止めて、朝の続きで昔話でもしてみようかと思う。
俺が中学校へ進学して間もない頃、生活リズムを帰ることが面倒に感じたので小学校と同じようなペースで家を出ていた。
中学から集団登校から解放された事に加えて、学校までの距離も短かったのでクラスはおろか学年中で最も早い登校となっていた。
小学校時代の生活が荒んでいたこともあって、どちらかと言えば孤独を好むような性質を既に備えていたので、誰もいない学校に対して気味悪さではなく、居心地の良さを感じていたくらいだ。
それに放課後とは違って物悲しい雰囲気が感じられないので、本当に静かなだけの教室と言った印象だった事をよく覚えている。
静かな教室の中を独り占めにしながらも、何をするでもなく机へ突っ伏して目を閉じていると、初めて学校という空間の中に居場所を見つけた気がして、安らぎを感じた事を今でも良く覚えている。
そんな心地よい空間が10分ほど続いて、寝入ってしまいそうになった頃に、ちらほらと人の気配がし始めて、学校が本来の騒がしさを取り戻す時刻が近付いているのだと思うと、少しだけ寂しさを感じた。
それでも新入生の教室はまだ誰も来ていないらしくて、もう暫くは落ち着いた時間を過ごせそうだろうと、眠気で重たくなった瞼を擦りながら余韻に浸っていた次の瞬間、教室の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
あまりに急な出来事だったのでポルターガイスト現象でも起きたのかと、開け放たれた扉の方へ視線を向けてみれば、肩で息をしながら仁王立ちしている女子生徒の姿が目に入った。
問題の女子も俺の方を凝視して、何から言い足そうにしながらも呼吸が整わずに声を出せない風にしていたので、とりあえず俺の方から声を掛けることはせずに待ってみた。
教室の扉が悲鳴を上げてから20秒ほどだったろうか、見つめ合っている時間は随分と長かったように思えた。
ようやっと言葉を絞り出した女子生徒は今にも膝を折りそうな悲壮感を身にまといながら「絶対に一番だと思ったのに・・・」と悔しがった。
なんて事が昔にありました。
良い思い出なのですが、少々に分量が多くなりそうなので、続きは明日にします。
おぼえていたらね・・・
今日は朝から気分が良くて、少し昔を思い出したりする余裕があったりと、自分でも意外だと思ってしまうほど精神的に安定している。
歓迎すべき状況である事は間違えないのだけど、この先にどのような落とし穴が待ち受けているのかと想像してしまうと、背筋がゾッとするような不安に駆られてしまう。
しかし、折角に気分がよいのだから余計なことを考えるのを止めて、朝の続きで昔話でもしてみようかと思う。
俺が中学校へ進学して間もない頃、生活リズムを帰ることが面倒に感じたので小学校と同じようなペースで家を出ていた。
中学から集団登校から解放された事に加えて、学校までの距離も短かったのでクラスはおろか学年中で最も早い登校となっていた。
小学校時代の生活が荒んでいたこともあって、どちらかと言えば孤独を好むような性質を既に備えていたので、誰もいない学校に対して気味悪さではなく、居心地の良さを感じていたくらいだ。
それに放課後とは違って物悲しい雰囲気が感じられないので、本当に静かなだけの教室と言った印象だった事をよく覚えている。
静かな教室の中を独り占めにしながらも、何をするでもなく机へ突っ伏して目を閉じていると、初めて学校という空間の中に居場所を見つけた気がして、安らぎを感じた事を今でも良く覚えている。
そんな心地よい空間が10分ほど続いて、寝入ってしまいそうになった頃に、ちらほらと人の気配がし始めて、学校が本来の騒がしさを取り戻す時刻が近付いているのだと思うと、少しだけ寂しさを感じた。
それでも新入生の教室はまだ誰も来ていないらしくて、もう暫くは落ち着いた時間を過ごせそうだろうと、眠気で重たくなった瞼を擦りながら余韻に浸っていた次の瞬間、教室の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
あまりに急な出来事だったのでポルターガイスト現象でも起きたのかと、開け放たれた扉の方へ視線を向けてみれば、肩で息をしながら仁王立ちしている女子生徒の姿が目に入った。
問題の女子も俺の方を凝視して、何から言い足そうにしながらも呼吸が整わずに声を出せない風にしていたので、とりあえず俺の方から声を掛けることはせずに待ってみた。
教室の扉が悲鳴を上げてから20秒ほどだったろうか、見つめ合っている時間は随分と長かったように思えた。
ようやっと言葉を絞り出した女子生徒は今にも膝を折りそうな悲壮感を身にまといながら「絶対に一番だと思ったのに・・・」と悔しがった。
なんて事が昔にありました。
良い思い出なのですが、少々に分量が多くなりそうなので、続きは明日にします。
おぼえていたらね・・・
台風へ 挑みし過去を 振り返り ― 2009年10月06日 21時17分34秒
天気予報を眺めていると関東地方への上陸が心配される台風があって、その勢力が過去最大級となる見込みだと警戒を呼び掛けていた。
しかし、過去に上陸が心配された台風が目前で針路を変えていく姿を何度となく見ていることに加えて、風や大雨の被害に遭った経験がないためか危険を実感することができなくて、何処か海の向こうの話を聞いているような気分だ。
もちろんニュースなどで台風の爪痕と呼ばれる光景は目にしているので、甘く見ては行けないと頭で分かっているのだけど、情報でしか知らない危険よりも今まで何とかなってしまった経験を優先してしまう傾向が強い。
過去の経験で言えば、高校時代に台風の直撃を受けている真っ直中を 3段ギア装備のママチャリを走らせて、自宅から12km先の学校まで行ってきたなんて経験がある。
高校の規程では午前 7時の時点で所定の路線が運休していないと休校にならないと定められていて、家を出るべき時間になっても遅延の報告はあっても運休という情報は入らなくて通学しなければならなかった。
そんなわけで雨合羽を羽織って家を出たのだけど、強い風に流された雨粒は正しく横殴りに襲いかかってきたため、首筋から進入した雨水のおかげでずぶ濡れとなっていたのを良く覚えている。
苦労を重ねた末に学校へ辿り着いてみたけれど、ホームルームの時間を過ぎても自宅から歩いて来られる連中しか姿を見せなくて、俺の教室に至っては誰も居らず担任すらも登校してこなかった。
ホームルームの時間が終わる頃に別のクラス担任が教室に顔を出して、教師も殆ど登校できていないので休校になると、一言だけ残して次のクラスへ同じ報告をしに行ってしまった。
もちろん放課後のような誰も居ない教室にポツンと 1人だけ座っている状況で、授業が始まるなんて思うほど馬鹿ではなかったが苦労して登校したのが無駄だったと知った時の言いようがない脱力感は今でも良く覚えている。
そんな脱力感と疲労から再び台風の中へ飛び出す気力も起きるはずもなく机へ突っ伏していると、30分ほど遅れて担任が登校してきて俺の姿に驚きの声を上げていた事も良く覚えている。
しかも、俺の交通手段を聞いてきた時も「自転車なんだよね?」と電車や車で登校という一般的な選択肢を取るはずがないと言わんばかりの質問だった。
もっとも電車で通学しようとすると遠回りの路線しかなくて、自転車の倍近い時間が掛かるからと片道30分も自転車を走らせていた人間だから、普通じゃないと思われても仕方がないし、事実として電車なんて考えもしなかった。
こんな感じの台風の直撃を受けながらの自転車を走らせた経験が他にもあったりして、どうにかなるもんだと思ってしまう自分がいるわけだ。
その半面で昨今の異常気象を思うと今回の台風がどれほどの被害をもたらすのかと言いしれぬ不安に駆られていて、今まで台風に対して抱いたことのない感情に戸惑いながら動物的本能が警告しているのではないかと考えている。
しかし、過去に上陸が心配された台風が目前で針路を変えていく姿を何度となく見ていることに加えて、風や大雨の被害に遭った経験がないためか危険を実感することができなくて、何処か海の向こうの話を聞いているような気分だ。
もちろんニュースなどで台風の爪痕と呼ばれる光景は目にしているので、甘く見ては行けないと頭で分かっているのだけど、情報でしか知らない危険よりも今まで何とかなってしまった経験を優先してしまう傾向が強い。
過去の経験で言えば、高校時代に台風の直撃を受けている真っ直中を 3段ギア装備のママチャリを走らせて、自宅から12km先の学校まで行ってきたなんて経験がある。
高校の規程では午前 7時の時点で所定の路線が運休していないと休校にならないと定められていて、家を出るべき時間になっても遅延の報告はあっても運休という情報は入らなくて通学しなければならなかった。
そんなわけで雨合羽を羽織って家を出たのだけど、強い風に流された雨粒は正しく横殴りに襲いかかってきたため、首筋から進入した雨水のおかげでずぶ濡れとなっていたのを良く覚えている。
苦労を重ねた末に学校へ辿り着いてみたけれど、ホームルームの時間を過ぎても自宅から歩いて来られる連中しか姿を見せなくて、俺の教室に至っては誰も居らず担任すらも登校してこなかった。
ホームルームの時間が終わる頃に別のクラス担任が教室に顔を出して、教師も殆ど登校できていないので休校になると、一言だけ残して次のクラスへ同じ報告をしに行ってしまった。
もちろん放課後のような誰も居ない教室にポツンと 1人だけ座っている状況で、授業が始まるなんて思うほど馬鹿ではなかったが苦労して登校したのが無駄だったと知った時の言いようがない脱力感は今でも良く覚えている。
そんな脱力感と疲労から再び台風の中へ飛び出す気力も起きるはずもなく机へ突っ伏していると、30分ほど遅れて担任が登校してきて俺の姿に驚きの声を上げていた事も良く覚えている。
しかも、俺の交通手段を聞いてきた時も「自転車なんだよね?」と電車や車で登校という一般的な選択肢を取るはずがないと言わんばかりの質問だった。
もっとも電車で通学しようとすると遠回りの路線しかなくて、自転車の倍近い時間が掛かるからと片道30分も自転車を走らせていた人間だから、普通じゃないと思われても仕方がないし、事実として電車なんて考えもしなかった。
こんな感じの台風の直撃を受けながらの自転車を走らせた経験が他にもあったりして、どうにかなるもんだと思ってしまう自分がいるわけだ。
その半面で昨今の異常気象を思うと今回の台風がどれほどの被害をもたらすのかと言いしれぬ不安に駆られていて、今まで台風に対して抱いたことのない感情に戸惑いながら動物的本能が警告しているのではないかと考えている。
今もなお 始まりさえも 見えてこず ― 2009年09月14日 21時16分48秒
某システムのクラス化の話は明日か明後日に提出する予定となっていたのだけど、困った事に今日もまだ開発環境の構築が上手く行かず、スタートラインへ立つことさえもできていないという最悪な状況だ。
それでもエラーを非表示にするとか開発環境として理解に苦しむ設定を解除したりと、幾つも仕掛けられていたトラップを見つけながら少しずつ全身を続けてきていた。
しかし、今日になって環境への依然性の高い問題へぶつかってしまって、お手上げ状態となってしまったため、サーバ環境に詳しいG社長へと助けを求めた。
G社長によると先方が使用している Linux環境がとにかく新しい機能を試したくして仕方がない人が愛用する種類であり、個人用ならまだしも業務用としてはどうかと首を傾げてしまう代物だそうだ。
残念ながら Linux環境は基底となる部分が同じであってもバージョンや種類によって差が大きいため、既に動いているサーバ環境に移植するのは難しいとのことで、先方に合わせて新しくサーバを作るところからやり直す事となってしまった。
残念ながら、俺は最初からサーバをインストールした経験に乏しかったし、そもそも社内のネットワークがどうなっているのかも殆ど知らないので、G社長へ丸投げする格好となってしまった。
それだけでも心苦しいというのに、先方が用意してくれた構築手順書を片手に操作をしていたにも関わらず、上手く環境が動いてくれなかった。
色々と試行錯誤をしてもらったけれど、やはり触ったことのない Linux環境は一筋縄で行ってくれないらしく、結局のところ新しい環境を作る所からスタートしたにも関わらず手詰まりとなってしまった。
ここまで来ると先方にハードディスクのイメージを取らせてもらって、開発環境を丸ごとに移植するような手段を取るほかにないとの結論へ達してしまった。
つまり、予定通りにクラス化の原案を提出する事を完全に諦めてしまう格好となるのだけど、今回の依頼主は別件が長引いてしまっている事情を良く知ってくれているので何とか許してもらえそうな気がする。
何とも情けない話ではあるが、こうも色々な案件が詰まっている状況下ではどうしようもなくて、前もって作業を進めていなかった自分へ大きな怒りを感じると共に情けなくて涙が出てしまいそうだ。
まだ月曜だというのに酷く足取りが重たくて、波乱の週明けとなりそうな気配がぷんぷんと臭ってくる嫌な夜となってしまった。
それでもエラーを非表示にするとか開発環境として理解に苦しむ設定を解除したりと、幾つも仕掛けられていたトラップを見つけながら少しずつ全身を続けてきていた。
しかし、今日になって環境への依然性の高い問題へぶつかってしまって、お手上げ状態となってしまったため、サーバ環境に詳しいG社長へと助けを求めた。
G社長によると先方が使用している Linux環境がとにかく新しい機能を試したくして仕方がない人が愛用する種類であり、個人用ならまだしも業務用としてはどうかと首を傾げてしまう代物だそうだ。
残念ながら Linux環境は基底となる部分が同じであってもバージョンや種類によって差が大きいため、既に動いているサーバ環境に移植するのは難しいとのことで、先方に合わせて新しくサーバを作るところからやり直す事となってしまった。
残念ながら、俺は最初からサーバをインストールした経験に乏しかったし、そもそも社内のネットワークがどうなっているのかも殆ど知らないので、G社長へ丸投げする格好となってしまった。
それだけでも心苦しいというのに、先方が用意してくれた構築手順書を片手に操作をしていたにも関わらず、上手く環境が動いてくれなかった。
色々と試行錯誤をしてもらったけれど、やはり触ったことのない Linux環境は一筋縄で行ってくれないらしく、結局のところ新しい環境を作る所からスタートしたにも関わらず手詰まりとなってしまった。
ここまで来ると先方にハードディスクのイメージを取らせてもらって、開発環境を丸ごとに移植するような手段を取るほかにないとの結論へ達してしまった。
つまり、予定通りにクラス化の原案を提出する事を完全に諦めてしまう格好となるのだけど、今回の依頼主は別件が長引いてしまっている事情を良く知ってくれているので何とか許してもらえそうな気がする。
何とも情けない話ではあるが、こうも色々な案件が詰まっている状況下ではどうしようもなくて、前もって作業を進めていなかった自分へ大きな怒りを感じると共に情けなくて涙が出てしまいそうだ。
まだ月曜だというのに酷く足取りが重たくて、波乱の週明けとなりそうな気配がぷんぷんと臭ってくる嫌な夜となってしまった。
飼い犬の 思い出満ちる 宵の空 ― 2008年10月29日 20時10分20秒
G社長のご家族が犬を飼おうとしているという話があってペットショップへ連絡したりしていた。
今もG社長の自宅が社屋として活動しているから擬似的に犬を飼うような態勢となるかも知れないと思うと少し嬉しい気分になる。
それだけの感情で終わるのなら良いのだけど、昔に飼っていた犬の事を思い出してテンションが下がってしまう可能性を思うと複雑な気分だ。
思い出の大半は楽しい内容なのだけど、体調不良が精神の方へも波及しているようで死んでしまった時の事なんかが先に出てきてしまう。
恐らく隣の家で飼われていた老犬が先日に亡くなってしまった事も悲しい思い出ばかり出てきてしまう要因の一つだろう。
とはいえ、悲しい思い出ばかりを並べていたら飼っていた犬達に申し訳ないので少し楽しかった事でも思い出してみよう。
俺が犬を飼っていたのは小学校の頃で 1頭は俺が拾ってきて、もう 1頭は何かの機会に里親から引き取ってきた。
その当時は両親共に仕事をしていたので俺の帰りを待っていてくれるのは飼い犬だけだった。
学校にも近所にも友達と呼べる存在のいなかった俺にとって、家に居てくれる彼等は救いだった。
夏のような日が長い季節は帰宅してから散歩がてらに近所の空き地へ連れ出して遊んでいた。
その当時はフリスビーを取ってこさせたりする遊びは一般的でなかったから、やっていた遊びの殆どが鬼ごっこだった。
遊び方は簡単でリードを放して好き勝手に走り回っている犬を俺も走り回って捕まえるというシンプルな遊びだ。
話は簡単なのだが、俺は足が遅い事も手伝って相当に苦労させられた記憶が今でもハッキリと覚えている。
捕まえられた時の興奮もそうだけどフェイントなどの作戦が上手く行った時の喜びは一塩だった。
しかも、同じ作戦は何度も通用しなくて何個も新しい作戦を考えては試すというのを繰り返していた。
これで足が速くなってくれていたら文句はないのだけど、残念ながら今もまだ走るのは苦手だったりする。
走ると言えば、小学校の頃に体育の授業でマラソンをさせられた時に飼い犬を連れてきて、散歩の時のように引っ張ってもらえないかと考えたことがある。
そういえば、いにに引っ張られると自分でも驚くほど早く走れて、気持ちよかったな。
その時にどれほどの速度が出ているのか分からないが。空を飛んでいるかのような不思議な感覚を覚えたことを良く覚えている。
今もG社長の自宅が社屋として活動しているから擬似的に犬を飼うような態勢となるかも知れないと思うと少し嬉しい気分になる。
それだけの感情で終わるのなら良いのだけど、昔に飼っていた犬の事を思い出してテンションが下がってしまう可能性を思うと複雑な気分だ。
思い出の大半は楽しい内容なのだけど、体調不良が精神の方へも波及しているようで死んでしまった時の事なんかが先に出てきてしまう。
恐らく隣の家で飼われていた老犬が先日に亡くなってしまった事も悲しい思い出ばかり出てきてしまう要因の一つだろう。
とはいえ、悲しい思い出ばかりを並べていたら飼っていた犬達に申し訳ないので少し楽しかった事でも思い出してみよう。
俺が犬を飼っていたのは小学校の頃で 1頭は俺が拾ってきて、もう 1頭は何かの機会に里親から引き取ってきた。
その当時は両親共に仕事をしていたので俺の帰りを待っていてくれるのは飼い犬だけだった。
学校にも近所にも友達と呼べる存在のいなかった俺にとって、家に居てくれる彼等は救いだった。
夏のような日が長い季節は帰宅してから散歩がてらに近所の空き地へ連れ出して遊んでいた。
その当時はフリスビーを取ってこさせたりする遊びは一般的でなかったから、やっていた遊びの殆どが鬼ごっこだった。
遊び方は簡単でリードを放して好き勝手に走り回っている犬を俺も走り回って捕まえるというシンプルな遊びだ。
話は簡単なのだが、俺は足が遅い事も手伝って相当に苦労させられた記憶が今でもハッキリと覚えている。
捕まえられた時の興奮もそうだけどフェイントなどの作戦が上手く行った時の喜びは一塩だった。
しかも、同じ作戦は何度も通用しなくて何個も新しい作戦を考えては試すというのを繰り返していた。
これで足が速くなってくれていたら文句はないのだけど、残念ながら今もまだ走るのは苦手だったりする。
走ると言えば、小学校の頃に体育の授業でマラソンをさせられた時に飼い犬を連れてきて、散歩の時のように引っ張ってもらえないかと考えたことがある。
そういえば、いにに引っ張られると自分でも驚くほど早く走れて、気持ちよかったな。
その時にどれほどの速度が出ているのか分からないが。空を飛んでいるかのような不思議な感覚を覚えたことを良く覚えている。
さまよって 過去へ未来へ ネタ探し ― 2008年09月30日 20時33分14秒
今週は体調が今一つなのに仕事が忙しいという状況で、何とタイミングが悪いのかと溜め息が出てしまう日々だ。
そんな中にあってブログのネタ探しをしようとしているわけだが、調子が悪い時は目に付く物も良くない物ばかりで困ってしまう。
今日なんて無灯火で走ってくる自転車と危うく接触しそうになるという場面が 2度もあって、マナーの悪さに腹が立ったとかそんな話しか無かったりする。
それと帰りの電車で妙に息遣いの荒い巨漢が居て、色々な意味で気味が悪く 1秒でも早く電車を降りたいと思った、なんて事もあったか。
どちらのネタも使えない話ばかりで困ってしまっている今日この頃、こういう日が続くと自分に余裕がないのだと思い知らされて少し疲れ気味になってしまう。
とはいえ、暗い話ばかりを並べていたら精神が蝕まれてしまいそうなので何か話題を探したい。
最初は俺が最初に遊んだネットワークゲームである「ラグナロクオンライン」の昔話でもしようとか考えた。
ところが書き始めて 3行くらいで、最近にネットゲームをやっていた際に鬱状態へ陥ってしまった記憶が呼び覚まされてしまって手が止まってしまった。
細かい事は書こうとしても手が止まってしまうため簡単な言葉で説明させてもらうと、古き良き時代を知っている俺にとって最近のネットゲームは何処か殺伐として見えてしまって、その世界にいる自分が嫌になってしまった感じだ。
しかも、古き良き時代の面白さはそれを教えてくれたラグナロクオンラインからも消えてしまっているという事実が追い打ちとなって、何処までも沈んでしまいそうにだった。
楽しかった思い出を書こうとしても暗い話題へと変わってしまう悲しさを抱えつつ、次なる話題を探してみた。
記憶や思い出の話では先ほどの二の舞と成りかねないので時事ネタを少し探してみると小泉純一郎元総理が政界を引退するというニュースを思い出した。
本当のところ引っ掛かってきたのは引退の報道ではなくて、小泉元総理の功績に関する政治評論家の発言だったりする。
小泉政権で行われた政策について、最近では中身が薄くて口だけの総理だったという言われ方を良く耳にする。
俺は政治に興味が薄い人だから詳しくないが、他の総理大臣はどれほどの仕事をしてきたのかと首を傾げてしまう。
特に最近の阿部・福田といった面々は総理大臣という職を途中で投げ出すような終わり方をしているじゃないか。
そういう意味で見ても、俺は小泉政権は評価されるべきだと思う。
国民に政治への関心を取り戻させたという事実はどんな政策よりも評価されるべきだと思う。
そんなこんなをグダグダと書いていたら何とか間を繋ぐことができたらしい。
ふぅ、明日はまともなネタが見つかればよいのだが・・・・
そんな中にあってブログのネタ探しをしようとしているわけだが、調子が悪い時は目に付く物も良くない物ばかりで困ってしまう。
今日なんて無灯火で走ってくる自転車と危うく接触しそうになるという場面が 2度もあって、マナーの悪さに腹が立ったとかそんな話しか無かったりする。
それと帰りの電車で妙に息遣いの荒い巨漢が居て、色々な意味で気味が悪く 1秒でも早く電車を降りたいと思った、なんて事もあったか。
どちらのネタも使えない話ばかりで困ってしまっている今日この頃、こういう日が続くと自分に余裕がないのだと思い知らされて少し疲れ気味になってしまう。
とはいえ、暗い話ばかりを並べていたら精神が蝕まれてしまいそうなので何か話題を探したい。
最初は俺が最初に遊んだネットワークゲームである「ラグナロクオンライン」の昔話でもしようとか考えた。
ところが書き始めて 3行くらいで、最近にネットゲームをやっていた際に鬱状態へ陥ってしまった記憶が呼び覚まされてしまって手が止まってしまった。
細かい事は書こうとしても手が止まってしまうため簡単な言葉で説明させてもらうと、古き良き時代を知っている俺にとって最近のネットゲームは何処か殺伐として見えてしまって、その世界にいる自分が嫌になってしまった感じだ。
しかも、古き良き時代の面白さはそれを教えてくれたラグナロクオンラインからも消えてしまっているという事実が追い打ちとなって、何処までも沈んでしまいそうにだった。
楽しかった思い出を書こうとしても暗い話題へと変わってしまう悲しさを抱えつつ、次なる話題を探してみた。
記憶や思い出の話では先ほどの二の舞と成りかねないので時事ネタを少し探してみると小泉純一郎元総理が政界を引退するというニュースを思い出した。
本当のところ引っ掛かってきたのは引退の報道ではなくて、小泉元総理の功績に関する政治評論家の発言だったりする。
小泉政権で行われた政策について、最近では中身が薄くて口だけの総理だったという言われ方を良く耳にする。
俺は政治に興味が薄い人だから詳しくないが、他の総理大臣はどれほどの仕事をしてきたのかと首を傾げてしまう。
特に最近の阿部・福田といった面々は総理大臣という職を途中で投げ出すような終わり方をしているじゃないか。
そういう意味で見ても、俺は小泉政権は評価されるべきだと思う。
国民に政治への関心を取り戻させたという事実はどんな政策よりも評価されるべきだと思う。
そんなこんなをグダグダと書いていたら何とか間を繋ぐことができたらしい。
ふぅ、明日はまともなネタが見つかればよいのだが・・・・
弁当を 買いに向かえば 初仕事? ― 2008年04月24日 19時56分13秒
今朝も起きがけの体調は良くなくて嫌な感じがしたのだが、通勤の途中から快方に向かって仕事場へ着いた頃にはほぼ回復していた。
おかげでFlashCS3の独学も程良く進んでくれて、何とか公開できる程度の成果を上げることはできた。
現状は思いついたところから順々に手を出している感じで、幾つか見つけたFlashCS3の解説サイトと見比べてみると順序が滅茶苦茶だ。
それでもメニュー用Flashコンテンツをどういう風に作っていくかの作成手順くらいはイメージできるようになってきた。
大雑把な開発手順が分かってきたから、当面の課題は Flashの仕様や開発環境の操作に慣れるといった所になりそうだ。
特に Flashの仕様についてはプログラマが想定する内容と懸け離れている事が多くて難儀させられる部分でもある。
今日もそうだけど、仕様を確認するための実験が続くことになりそうだ。
そんな調子で過ごしていた今日の昼時、いつも通りに近くの弁当屋さんへ昼食を仕入れに行ってきた。
仕事場を出たのは 3人一緒だったのだけどG社長だけデザートを買うためにコンビニへ一人で向かっていった。
というわけで、俺とT社員だけで弁当屋さんに行ってきた。
いつもの用に 3種類の中からどれを選ぶか考えている辺りから弁当屋さんから「もう会社はできたのですか?」なんて質問が飛んできた。
最初はただの好奇心だと思ったのだけど、徐々に「Web制作の費用がどれほどになるのか」なんて話が出てきた。
微妙に期待し始めた頃に弁当屋さんが「うちじゃないけど、ホームページを作ってくれる会社を探している所がある」なんて言い出した。
やたらと「うちじゃないけど」の部分を強調されたのが気になったけれど、ひとまず条件さえ合えば仕事を紹介してもらえるかも知れない。
つまり、そう言う話でである。
正直なところ、弁当屋さんから仕事の伝手を得られるとは思っても見なかった。
ひとまず料金についての決定権はG社長が握っている事にして、費用については言葉を濁してきた。
明日にG社長を連れて行って少し話を聞いてくるつもりだけど、上手くすれば登記手続きが完了したばかりで仕事が得られるかも知れない・
やはり人との繋がりというのは大切にして置くものだな。
おかげでFlashCS3の独学も程良く進んでくれて、何とか公開できる程度の成果を上げることはできた。
現状は思いついたところから順々に手を出している感じで、幾つか見つけたFlashCS3の解説サイトと見比べてみると順序が滅茶苦茶だ。
それでもメニュー用Flashコンテンツをどういう風に作っていくかの作成手順くらいはイメージできるようになってきた。
大雑把な開発手順が分かってきたから、当面の課題は Flashの仕様や開発環境の操作に慣れるといった所になりそうだ。
特に Flashの仕様についてはプログラマが想定する内容と懸け離れている事が多くて難儀させられる部分でもある。
今日もそうだけど、仕様を確認するための実験が続くことになりそうだ。
そんな調子で過ごしていた今日の昼時、いつも通りに近くの弁当屋さんへ昼食を仕入れに行ってきた。
仕事場を出たのは 3人一緒だったのだけどG社長だけデザートを買うためにコンビニへ一人で向かっていった。
というわけで、俺とT社員だけで弁当屋さんに行ってきた。
いつもの用に 3種類の中からどれを選ぶか考えている辺りから弁当屋さんから「もう会社はできたのですか?」なんて質問が飛んできた。
最初はただの好奇心だと思ったのだけど、徐々に「Web制作の費用がどれほどになるのか」なんて話が出てきた。
微妙に期待し始めた頃に弁当屋さんが「うちじゃないけど、ホームページを作ってくれる会社を探している所がある」なんて言い出した。
やたらと「うちじゃないけど」の部分を強調されたのが気になったけれど、ひとまず条件さえ合えば仕事を紹介してもらえるかも知れない。
つまり、そう言う話でである。
正直なところ、弁当屋さんから仕事の伝手を得られるとは思っても見なかった。
ひとまず料金についての決定権はG社長が握っている事にして、費用については言葉を濁してきた。
明日にG社長を連れて行って少し話を聞いてくるつもりだけど、上手くすれば登記手続きが完了したばかりで仕事が得られるかも知れない・
やはり人との繋がりというのは大切にして置くものだな。
落ち葉で焚き火 ― 2007年12月07日 21時34分24秒
紅葉のシーズンも終わりに近づき始めた今日この頃、駐輪場から駅へ向かう途中の公園に落ち葉がだいぶ溜まってきた。
踏めばカサカサと乾いた音を立てるし、焼き芋なんぞをやるには良い状態になっている。
ただ一つ不安に感じるのは煙草の吸い殻が落ち葉の中から白い顔を覗かせているのを幾つも見つけられる事だ。
程々に乾燥も進んでいるし、不始末による引火なんて騒ぎにならない事を祈るばかりだ。
それにしても、枯れ葉を見ては「焼き芋」という単語が頭に浮かんで、それから暫く離れないというのは如何なものだろう。
季節の風物詩として思い浮かんでいるなら良いのだけど、俺の場合は少しばかり毛色が違ったりする。
実のところ焼き芋はあったら食べるけど、お金を出したり労力を掛けて作ってまで食べたいとは思わない。
つまり、落ち葉を燃やす事がメインで焼き芋はついでなんだ。
更に言ってしまうと、焼き芋という名目を掲げれば公然と落ち葉に火を付けられる事、それが重要なんだ。
俺が初めて落ち葉で焼き芋をやったのは小学校のイベントだったな。
通っていた小学校は国から緑の多い事で表彰されたくらいに木や花が植えられていて、大量の落ち葉を片付けるのに苦労していた。
そこで焼き芋大会と称して、児童と保護者一同に落ち葉集めと焼却の手伝いをさせる美味しい企画が行われていたわけだ。
普通のイベントならサボっている俺も人より少し火をイジるのが好きだったから焼き芋にだけは真面目に参加した。
ちょっとだけ他人よりも多く火遊びをした経験があってか、俺の班の焚き火は良く燃えていた。
それも近辺の班が合流してくるほど見事な火で、教職員に感心されたほどたっだ。
ちなみに火加減も絶妙だったようで、生焼けの芋はもちろん焦げている芋もなかったと記憶している。
そして、最後に全ての落ち葉を燃やすための種火として俺の作った焚き火が採用されたのも良く覚えている。
そんなわけで、久しくやっていない焚き火をやりたくて仕方がない今日この頃です。
踏めばカサカサと乾いた音を立てるし、焼き芋なんぞをやるには良い状態になっている。
ただ一つ不安に感じるのは煙草の吸い殻が落ち葉の中から白い顔を覗かせているのを幾つも見つけられる事だ。
程々に乾燥も進んでいるし、不始末による引火なんて騒ぎにならない事を祈るばかりだ。
それにしても、枯れ葉を見ては「焼き芋」という単語が頭に浮かんで、それから暫く離れないというのは如何なものだろう。
季節の風物詩として思い浮かんでいるなら良いのだけど、俺の場合は少しばかり毛色が違ったりする。
実のところ焼き芋はあったら食べるけど、お金を出したり労力を掛けて作ってまで食べたいとは思わない。
つまり、落ち葉を燃やす事がメインで焼き芋はついでなんだ。
更に言ってしまうと、焼き芋という名目を掲げれば公然と落ち葉に火を付けられる事、それが重要なんだ。
俺が初めて落ち葉で焼き芋をやったのは小学校のイベントだったな。
通っていた小学校は国から緑の多い事で表彰されたくらいに木や花が植えられていて、大量の落ち葉を片付けるのに苦労していた。
そこで焼き芋大会と称して、児童と保護者一同に落ち葉集めと焼却の手伝いをさせる美味しい企画が行われていたわけだ。
普通のイベントならサボっている俺も人より少し火をイジるのが好きだったから焼き芋にだけは真面目に参加した。
ちょっとだけ他人よりも多く火遊びをした経験があってか、俺の班の焚き火は良く燃えていた。
それも近辺の班が合流してくるほど見事な火で、教職員に感心されたほどたっだ。
ちなみに火加減も絶妙だったようで、生焼けの芋はもちろん焦げている芋もなかったと記憶している。
そして、最後に全ての落ち葉を燃やすための種火として俺の作った焚き火が採用されたのも良く覚えている。
そんなわけで、久しくやっていない焚き火をやりたくて仕方がない今日この頃です。
初めてのPCも暴れ馬 ― 2007年08月22日 20時12分44秒
俺が初めてPCを手にしたのは高校入学の時だった。
当然ながら、資金源は親なのだけど強請って買ってもらったわけではない。
私立より授業料の安い公立へ入学する代わりに、浮いた金で買ってくれと掛け合ってのことだ。
話の流れ的には「本当な私立に行きたい」というニュアンスで交渉していたのだが、実は公立の方に第一志望があったのは秘密です。
そんな腹黒で手に入れたのはFMVの初期モデルで、時代的にはWindows95が登場した直後だった。
今にして思うと、完全に買い時を見誤った買い物だった。
メモリはOSの推奨 16MBだというのに標準搭載 8MBだった,し、HDDに至っては出荷状態で空き容量 20%前後だった。
何といっても笑えなかったのがCPUだろう。
自宅にPCが届いた時、90MHzは最新鋭だと持ってきた業者が羨ましがっていた。
だけど、翌月には133MHzが当たり前となり、半年もすれば200MHzを越えるCPUが低価格で出回るようになった。
あの当時は完全に性能=周波数という時代だったから、購入から半年足らずで取り残される結果になる。
それでも必死に食い下がって、結局は高校 3年間を乗り切ったのだから大したものだ。
本当に四苦八苦で知っている人が居ないかも知れない CPUアクセラレーターまで使っていたからジャジャ馬を通り越して暴れ馬だった。
それが故に色々と学ぶところも多く、トラブル慣れをしてしまい、1年足らずで学校のPCメンテナンスを手伝わされるまでになっていた。
考えてみれば、今の色々と相談を受ける立場ってのは高校から脈絡と続いているわけか。
当然ながら、資金源は親なのだけど強請って買ってもらったわけではない。
私立より授業料の安い公立へ入学する代わりに、浮いた金で買ってくれと掛け合ってのことだ。
話の流れ的には「本当な私立に行きたい」というニュアンスで交渉していたのだが、実は公立の方に第一志望があったのは秘密です。
そんな腹黒で手に入れたのはFMVの初期モデルで、時代的にはWindows95が登場した直後だった。
今にして思うと、完全に買い時を見誤った買い物だった。
メモリはOSの推奨 16MBだというのに標準搭載 8MBだった,し、HDDに至っては出荷状態で空き容量 20%前後だった。
何といっても笑えなかったのがCPUだろう。
自宅にPCが届いた時、90MHzは最新鋭だと持ってきた業者が羨ましがっていた。
だけど、翌月には133MHzが当たり前となり、半年もすれば200MHzを越えるCPUが低価格で出回るようになった。
あの当時は完全に性能=周波数という時代だったから、購入から半年足らずで取り残される結果になる。
それでも必死に食い下がって、結局は高校 3年間を乗り切ったのだから大したものだ。
本当に四苦八苦で知っている人が居ないかも知れない CPUアクセラレーターまで使っていたからジャジャ馬を通り越して暴れ馬だった。
それが故に色々と学ぶところも多く、トラブル慣れをしてしまい、1年足らずで学校のPCメンテナンスを手伝わされるまでになっていた。
考えてみれば、今の色々と相談を受ける立場ってのは高校から脈絡と続いているわけか。
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