久々に 電車が止まり 待ち惚け2020年08月03日 21時57分33秒

車内アナウンスが帰りの電車へ乗り込んだ直後に流れてきて、進行方向にある駅で人身事故が発生したので運転見合わせになると伝えてきた。
数分に運転再開の見込み時刻と振替輸送の案内が聞こえてきたけれど、振替輸送を利用する場合に途中の乗換で80mほど街中を歩いての移動があって、暗くなってから無事に辿り着ける自信がなかった。

件の迂回ルートは出勤時なら2回ほど利用した事があるけれど、商店街と呼ぶほど店の建ち並んでいるわけでもなく、駅の間を結んでいる割に整備された雰囲気のない曲がりくねった道だった。
直線でない上に店舗も少ない状況なのに街灯が少なかったので、夜盲症に視野欠損まで重なっている障害者が歩ける道と思えなかった。
明るい時にそういう状況と確認していたので、実は店舗の明かりが煌々として照らしてくれる可能性もあっても、緊急性がないのなら避けて通りたかった。

そんなわけで運転再開まで電車内へ居座っていたのだけど、30分ほど待ち惚けさせられていたら足が痛くなってきた。
座席に座っている女が足を投げ出していたので足の置き場に困っていた影響もあるけれど、揺れも何もない所で立ち続けるのも地味に疲れるものだ。
それこそ歩いている方が疲労物質の蓄積しない分だけ楽なのでないかと思えるほどで、さすがに辛くなって周囲を見渡してみると振替輸送へ切り替えた乗客が多かったおかげか、隙間ができてたので立ちやすそうな場所へ移動できた。

運転再開の待ち惚けを食らっていると、少し前に人身事故と運転見合わせの車内アナウンスへ対する不満な態度を見て、人間味がないだの何だのと非難していた輩の言葉を思い出す。
当時も思った事だけど、電車の人身事故に関しては殆ど被害者の落ち度によって引き起こされていて、言うなれば自業自得の末に大勢へ迷惑を掛けている状況にある。
そんな輩に、ましてやホームドアの設置など安全対策が強化された昨今で起きる地震事故など、何か同情すべき要素があるとはとても思えない。
諸悪の根源へ向ける優しさがあるなら、待ち惚けの末に足の痛みに苦しめられている俺の足を労ってほしいとさえ思える。

それにしても緊急事態宣言から人身時刻がめっきり減ったと思っていたのに、通勤客がどれほど増えてきたのか実感させられる事態でもあった。
乗客の少ない時は本当に人身事故も社内トラブルも、ひいては急病人の救助といった電車遅延の原因が全て形を潜めていた。
空間的に広々としていた以上の快適さがあったのだけど、感染者が増え続けているのに乗車率も順調に上がっていて、電車を停めるような無法者は外出するなと叫びたくなる。

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