増えたのに 鯨を捕れぬ 理不尽さ2018年12月27日 23時20分33秒

日本が国際捕鯨委員会(IWC)から脱退して、商業捕鯨を再開するとの発表された。
このニュースに関する解説を聞いている中で、IWCは鯨資源の保存しながら捕鯨を行う為に設立された組織であった事を思い出した。
調査捕鯨が禁止とされた時点で本来の目的と反する組織になったと呆れて以来、長い月日が流れていく間にすっかりと忘れていた。

捕鯨へ反対する国が捕鯨しようとする委員会へ加盟している時点で矛盾しており、本来なら反捕鯨委員会を別途に立ち上げて協議していくべきだったはずなのだ。
鯨を好んで食べている国が少ないからと、捕鯨の様子を衝撃的に見せ付けて反対する国を増やして、数の暴力による感情論で禁止へ追い込んでいる状況が現状である。
捕鯨の際に流血する様子が悲壮だというのなら、家畜の屠畜も手際が良すぎて残忍に思えるはずなのに、どうして鯨だけ禁止する対象となるのか理解できない。

個人的には何が何でも鯨を食べたいというわけでないけれど、理不尽な理屈で文化が否定される事へ対する憤りを感じる。
そもそも捕鯨に反対する国の中には増えすぎて邪魔になったからと、観光資源としていた動物を虐殺しておいて、素知らぬ顔をしている一方で捕鯨が残忍だと言っているのだから呆れるばかりだ。

鯨の頭数が増えてきた現状であれば、IWCの本来あるべき方向としては捕鯨を行っていくべきである。
それにも関わらず、捕鯨の禁止のみ訴える本来の目的を見失った組織など、それこそ存在意義のない烏合の衆なので解体すべきだし、加盟する理由もないという判断に同意する。