人の死も 話の種と 集り行く2018年07月06日 23時23分33秒

今日は地下鉄サリン事件を引き起こした死刑囚の死刑執行のニュースが飛び込んできて、ニュース番組が慌ただしく放送内容を切り替えていった。
死刑執行に関する情報の公表されないままに準備から執行まで粛々と薦められた事に対して、報道メディアが知らされなかった事を咎めるような言葉が散見された。

死刑制度の是非は兎も角として、死刑囚であろうと人の死である事に変わりないので、速報としてテロップに流す程度の報道だけで済ませてよいと思っている。
それ故に死刑執行から慌ただしく特集を組んで報道する倫理観に大きな疑問を感じるし、ましてや視聴率を最も稼げるタイミングを逃したと言わんばかりに避難めいた言葉まで漏らして、報道番組に携わる連中に人の血が流れているのか疑わしくなってくる。

何よりも報道メディアに全ての情報が開示されるべきと考えている節に対しても、烏滸がましいにも程がある思い上がりだ。
残念ながらオウム真理教を引き継いだ組織が依然として存在しているので、下手な死刑執行の話を漏らすと大きな事件を引き起こす危険性がある。
そういった危険を考慮した報道体制を取れるのであれば、報道メディアへ事前情報を渡す事も有り得たかも知れないが、これを実現しようとすれば実質的に知らない体裁で居なければならず、公表しなかった時と何ら変わらない。

そうなるとはずなのに事前情報がなかったと、悔しがるような言葉を平然と吐き出すのだから性根の先から腐りきっているとしか思えない。