災害を ネタにするだけ 何もせず2016年04月21日 22時54分03秒

左目の見え方はまだ回復の途上であると言われたけれど、今朝と改善しているような雰囲気が見られなくて、本当に良くなるのかと疑問を抱えながらの生活となっている。
せめて、視界の広範囲が歪んで見える状態だけでも改善してほしくて、寝起き早々に見え方を確認する癖が定着しつつある。
現場では左側が見えていないのと同じレベルで信用できなくて、疲れ目の原因となっているので早めの回復を望まずにいられない。

ごこ数日の朝はどのチャンネルを回しても熊本地震の話題ばかりで、似たり寄ったりの報道が繰り返されて飽き飽きしてきている。
行方不明者の捜索現場からの中継では不安そうな顔の人に群がり、如何にも視聴者に受けの良いコメントを拾おうと絡みついていて、そっとしておこうと考え
ない不謹慎さに怒りさえ覚える。
他にも災害を論争の火種に利用としようとする輩が湧いていて、輸送機として優秀なオスプレイの運用を避難したり、震源地に近いからと川内原発の停止を要求する不届き者が話題に上っていた。

支援物資の偏りに関する話題も多いのだけど、その殆どが国や自治体の不手際を槍玉に挙げながらマニュアル作りがどうこうと言っている。
支援物資の偏りに関しては送る側の責任という部分が多くて、特定の自治会宛に届いた支援物資は当該地域で使用することになっていて、余っていても他へ回す体勢の準備がない。
受け取る側は被災地なので他への対応へ人員を割く余裕など期待する方が間違っていて、それなら送る側が拾い集められる情報から物資の不足している地域へ発送すべきなのだ。
さきほども述べているけれど、自治体の不手際を指摘している連中はまず最初に、被災者本人を非難の的にしている事へ気付くべきだ。
国に関してはやるべき事が全く異なるところにあるのだから、支援物資の件で避難しても仕方ないというのに、災害をネタとしか考えられない偽善者の発信する情報など見る価値もない。

テレビや新聞は持ち前の情報網網を活かして、どの地域に何が不足していて支援物資の送り先は何処なのかといった情報を発信すべきでないのか。
己にできることを全くやらないで何の避難をする資格があるというのだろうか。