憲法が 言葉遊びで 汚される2014年07月04日 23時28分15秒

国会は憲法解釈の変更により集団的自衛権を容認する方向で進んでいる。
個人的な意見としては、集団的自衛権の必要性を認めるけれど、憲法解釈の変更という手段を否定する。
憲法の示す事柄が言葉遊びだけで変わるのであれば、そこから導き出される全てが曖昧になる危険極まりない所行と思える。

それこそ国会や裁判所の有する権利さえも言葉遊びで否定できる。
そんな突飛な事さえも完全に否定しきれず、可能性の一端を前例として歴史へ刻み込んでしまう。
この事を危険と考えられない頭の悪い現国会において、憲法改正に等しい言葉遊びが採決されようとしている。
集団的自衛権の善し悪しよりも先に議論されるべきは、憲法解釈の変更という手段についてだろう。

十分に議論した上で行われると言っていたはずなのに、1月足らずで採決しようとしている辺りに関しても納得できない。
自己の言葉さえも守れないような連中が練った言葉遊びなど、抜け道だらけの危険な解釈に仕上がるに違いなく、大きな災厄の元となりそうな不安を拭い去れない。

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