失敗に 無駄にせぬため 考える2014年04月23日 08時26分40秒

月曜の夜に自転車を走らせていた時、車道へ飛び出してきた老婆を避けられなかった事故に関して、何故に気付けなかったのかを検証してみた。
昨日の記事でも書いたように、老婆が交通ルールを守っていたら起きなかった事故だが、それでも回避できなかった事は問題なので考えてみた。
失敗から学べないようでは同じ事を繰り返してしまうので、道交法を厳守する他の安全策があるなら取り入れるべきだ。

事故現場は毎日に通っている道なのだから、意識して走れば何か分かるだろうと昨夜に実践してみた。
その結果として見えた事実は、やはり夜盲症である故の習性に起因していて、問題点こそ判明するも改善案が見つからない厄介なパターとなった。
事故現場は街灯が50mほど途切れる地点にあって、その区間だけが他に比べて闇が格段に深くなっている。
事故現場に立ってみれば、明るい場所が前方にあるからこそ、足下の暗さを実際よりも数段に深いと感じられた。

明暗の境目だけに目が暗さに慣れていないため、障害物を前方の明るい場所へ透かしてみるシルエットとして認識しようとする。
夜盲症の目を凝らすよりシルエットの方が確実に視認できるけど、それは前方に限った話であり、左右に関しては視点を遠方へ向けている分だけ見えなくなっていた。
今回に関しては正に遠くへ視線を飛ばしている所へ割り込まれて、死角から飛び出して来られた格好となった事から反応できなかったと規則される。

こうなってくると後続の自動車が光源となってくれない限り、歩いて通過する以外に対応策が思う付かない。
全員が交通ルールを守ってくれる前提であれば、左右の安全確認など交差点のみで済むのに迷惑な事この上ない。
やはり交通弱者であっても交通ルールを破っていた場合に限り、過失責任を負うべきではなかろうか。