元日が 苦痛の内に 暮れていく2013年01月01日 21時22分12秒

2013年になって初めての食事となった雑煮は、一口食べた瞬間に「不味い」という言葉が漏れるほどに酷い出来だった。
我が家の雑煮は煮汁だけ大量に作っておいて、食べる時に暖めて切り餅を投下して煮込むというスタイルとなっている。
その要となる煮汁は疫病神と呼ぶべき最悪な実姉が父親に強要されて作っていて、今年も面倒くさいのか30日までに完成させる約束も守らず、適当に作ったらしくて酷い出来映えだった。

煮汁に切り餅を入れて煮る必要があるのに、山盛りの野菜が目一杯に押し込まれていて空き容量が足りず、その上に全体が生煮えという散々な状態だった。
さらに通常なら入らない里芋などの具材が入っていた上に、味付けの適当で殆ど水煮の状態という褒められた箇所が1つもなく、食材を無駄にしているとしか思えない惨状だった。
それでも基本的な具材が野菜なので固くても食べられると初回分をそのまま平らげて、次回以降のために日へ掛け直したしっかりと熱を通しておいた。

普段なら切り餅を1食に6枚ほど食べているのに、あまりの不味さから最初に投下した3枚さえもどうにか喉を通した感じだった。
そんな苦痛の食事から1時間後、元より体調が悪かった影響もあってか強烈な腹痛に襲われる羽目となる。
腹痛の発生源が胃にある事から考えて、生煮えだった以外にも問題があると予想されるのだけど、人参や大根などの根菜に付いた泥も落とさずに鍋へ放り込んだりしたのだろうか。

腹痛はものの10分で我慢の限界を超えてしまい、気休めにもならないと知りながら胃薬を飲み込んで、ひたすら苦痛の嵐が過ぎ去るのを待ち続けていた。
腹の調子が落ち着くまでたっぷり1時間ほど苦しんだ後、明日以降に容態が再び悪化する危険性が感じられたので、年始休み中に対応してほしいと頼まれていた仕事へ着手する。
腹痛が治まったと言っても、脈拍に連動した鈍痛が走る状態なので集中力など有ってない無いような物といった具合で、食らい付くように作業を続けて3時間も掛かって終わらせた。

腹痛と仕事に追われて、2013年の初日を過ごしてしまった。
こんな最悪な気分の年明けなんて未だかつて経験した事がない。

この胃痛 穴が開いたと 思われる2013年01月02日 21時06分24秒

元旦は腹痛と在宅作業へ追われている内に暮れてしまい、自棄を起こしながらPSO2にログインしてみると、年始休みだけあって夜更かしする人が多くて深夜3時まで遊び呆けていた。
腹痛が悪化していて痛みで寝付けそうもなくて、眠気が限界へ達するまで待つという言い訳もあっての夜更かしだったため、皆が就寝を宣言し始めるまで時計さえ見ていなかった。

腹痛に関しては痛み熱っぽさだけに留まらず、胃から込み上げてくるガスに血の臭いが混じるなどの症状も見られて、どうやら胃に穴が開いていそうな気配がしている。
今日も空腹感と同時に激痛が走り、食べ始めて胃袋が動き始めると鈍痛がしたりと散々で、悪化の一途を辿っているようで溜め息しか出てこない。
それもこれも疫病神と呼んで嫌っている実姉が作った、生煮えの雑煮を食べたせいかと考えれば苛立ってしまい、年末から続く度重なるストレスも関連していそうで気分が悪い。

今日は仕事こそなかったけれど、夜更かしと胃穿孔と思われる症状の影響で殆ど何もできず、現実逃避のためにゲームを遊び続けていた。
食事も胃痛の影響から食べる気になれず、昼過ぎ14時まで飲まず食わずのまま過ごしてしまう有様で、このままでは仕事始めの前に体力が尽き果てる危険性さえ感じる。
ひとまず以前に同様の症状が出たときに、予備のため多めに処方してもらった薬を飲んでみているけれど、今のところ大きな変化が見られないため、場合によっては4日頃に病院へ駆け込む羽目となりそうだ。

入院は したくないぞと 堪えるのみ2013年01月03日 21時36分59秒

胃袋をやられて3日目、胃痛がひとまず落ち着いてきた。
胃に関しては1つの大きな峠を越えてくれたように見えるけれど、腸に深刻なダメージが出ているらしくて、腹痛からトイレへ駆け込むも完全な液体しか出てこなかった。
腹痛が起きた回数が一度だけというのも不安を感じるところで、場合によっては絶食により胃腸を休めるといった処置も必要となるかも知れない。
そのような状況へ陥った場合は栄養点滴などの処置がないと衰弱してしまうため、入院といった面倒を起こす羽目となってくるので気が重い。

人をこんな状態へ追い込んだ疫病神は今日も健在という事実が腹立たしいけれど、ストレスを溜め込んでも体調が改善するはずもなく、なるべく存在を意識しないように努めながら闘病している。

不安なのは仕事始めまでに体調が回復するか否かという点だ。
正月休みは元旦に疫病神の作った雑煮を食べた時点で諦めたけれど、さすがに仕事へ影響が出てくるようでは堪ったものじゃない。

父親は明日から病院の正月休みが明ける事から、早急に診察を受けるよう促してきているけれど、その反面で俺が疫病神に対して毒を吐くと「他人のせいにするな」と窘めてくる。
状況から考えても間違えなく疫病神、百歩譲ったとしても父親の手料理による不調であるわけで、先の発言は非常に腹立たしい事この上ない。
そうやって甘やかした結果が、俺の胃袋に穴を開けるという状況を生んでいると何故に気付かないのか、その諸悪の根源を庇おうとする意味が全く理解できない。

そんな怒りも飲み下して、気怠さに溺れながら時間を潰すように過ごしている。

外出し 衰弱ぶりに 呆れ顔2013年01月04日 20時27分27秒

元旦から体調を崩して自室へ引き籠もっているので、少しは外の空気を吸ってこようと衰弱した体で外出してきた。
家を出る時は川越までの往復50kmほど自転車で走ってみようと考えて居たけど、衰弱した体では強風と寒さに耐えられなかった様子で、最初の坂を登り切った辺りで心拍数も血圧も跳ね上がっていた。
その坂を乗り越えた先にある横断歩道で信号待ちをしている時、息切れと動悸が立ち眩みを発生させてくれて、危うい所で意識を繋ぎ止めるも川越まで行くのは無理だと確信するに至る。
仕方がないので目標地点を手近な床屋へ変更して走り出して、自宅から4kmほど離れた店まで何とか辿り着いたけれど、普段に比べて2倍もの時間を消費しながら、肩で荒い呼吸を繰り返す状態での到着となっていた。

冷えた体を温める意味も含めて店内へ入り、散髪を済ませるまで20分ほど休憩してきたはずなのに、ペダルが錆び付いているかのように重たくて軽く絶望感を味わった。
そのまま帰宅すべきかとも迷ったけれど、仏前に飾った花が萎れてきていた事を思い出して、まだ正月休みから明けてないだろうと予想しながら、次なる目標を花屋へ据えて走り出した。
道中も含めて4店舗ほど花屋を回ってみたけど、予想通りにどこもかしこも10日以降にしか開店しないらしく、苦労した割に手ぶらで帰宅するという面白くない展開となる。

結局は自宅周辺を15kmほど走り回っていたはずだけど、帰宅してみると100kmほどサイクリングしてきた時と同レベルの疲労感に襲われていて、ここまで衰弱しているとは予想しなかったと苦笑するばかりだ。
仕事始めまでに何とか復帰したいと思うのだけど、体調が戻っても体力まで回復させるのは難しそうだと諦めつつある。

血圧も 低下しており 起きれない2013年01月05日 20時08分15秒

元旦の朝食、つまり2013年最初の食事で食あたりを起こしてから5日目にして、ようやっと腸が長い休眠から目覚めてくれたらしい。
昨晩からガスが溜まっている感触があったのだけど、今朝になって5日ぶりとなる固形の便通がきてくれたので、胃に続いて腸も回復の兆しが見えてきた。
2日に腸液がそのまま吹き出した時は焦ったけれど、ひとまず胃腸が回復へ向かっている様子が見えたことに安堵するばかりだ。

昨日に自転車を走らせて予想以上に衰弱している事を自覚したけど、今朝は更に低血圧の影響から冷えに対する耐性が極端に低下している状況が見えてきた。
室温が12度を下回っている状況で体が強張ってしまい、起床するどころか意識を保つ事さえも難しい状態が死活問題となりそうだ。
今の季節は暖房を使わずに室温が12度を超えるまで待っていれば、間違えなく昼近くまで掛かってしまう。
仕事へ行こうと思えば、遅くとも7時には起床する必要があるのだけど、今の体調では目覚ましを使っても起きられない可能性が極めて高い。
無理矢理に起床したとしても意識が途中で途絶えたりする危険性があり、そうなるとロフトから降りる際に転落するといった悪夢の再来も見えてきてしまう。

血圧だけでも平常値へ戻す方法を考えたい所だけど、薬や食材による治療は胃腸の状態から考えて難しいわけで、根性と気合いでどうにかする他に手段がない悲しい状況にある。
「さて、どうしたものか」と頭を抱えている間に、正月休みも残すところ1日となってしまった。

復活の 兆し一つで 様変わり2013年01月06日 20時08分29秒

食あたりで休眠していた胃腸の働きが昨日に5日ぶりの活動を見せて、今日も順調に回復している様子が伺えた。
血圧も胃腸の回復に合わせて復旧しつつあるようで、今朝は室温8度の中でどうにか起床する事に成功したけれど、時刻が朝9時だったので通勤を考慮した場合は寝坊との判定となってしまう。
今まで食後に襲ってきた不快感や胃の収縮などの拒絶反応もなく、立ち眩みといった症状も随分と減ってきているし、母親の仏前に飾っている花を買いにも出掛けられた。

胃腸が動き出した事による影響は予想以上に大きいようで、本人でさえも驚くほどの早さで体調が改善している。
胃腸の働きや血圧の他にも、昨年12月末に皮を抉ってしまった傷も治癒速度が速まっていて、正月へ入ってから殆ど変わり映えしなかったのにも関わらず、この2日間で傷口が半分ほどの大きさまで塞がってきた。
体が本来の活動を取り戻しつつある現状において、元旦からの体調が衰弱と呼ぶべき次元にあった事を改めて認識すると同時に、正月早々にそのような事態へ追い込まれた事への怒りが再燃してくる。

体調が回復を促進させるために体を動かして血行を良くする意味も含めて、母親の仏前へ飾っている花が買いへ出掛けてきた。
5日にも同様の目的で自転車を走らせていたけど、正月休みから明けていなくて購入できずに帰宅していた。
見回った限りでは10日以降にならないと営業してない様子だけど、今に飾っている花は既に萎れ始めていた事に加えて、ここ2回ほど利用した花屋の印象が悪くて、他の店を探したかったので走り回ってみた。

闇雲に走り回れるほどの元気があるのかも不明だったため、インターネット上で何件かピックアップしてから走り出してみたけど、情報が意外と古いらしくて既に閉店している場所もあったりと空振りも多かった。
空振りを3つほど繰り返した後、マンションに隣接して建設されたショッピング街の隅でひっそりと営業する花屋へ辿り着く。
玄関こそ細々とした雰囲気なのに奥へ進むと予想以上に広くて、若い経営者が営んでいるのかと思えば、奥から出てきたのは老婆が2人とギャップの多い店だった。
店員の人当たりは非常に良くて、値段も閉店した行き付けの花屋と同じ価格帯と安くないけれど、それでも月1回ペースで通うなら今回の店が良いと感じた。

花を無事に購入して帰宅した後、小説を書こうかと思ったけれど、指先が凍えたまま回復してくれなかったし、体力的が尽き果ててしまったので断念した。

憂鬱を 握り潰した 帰り道2013年01月07日 23時41分57秒

昨夜は仕事始めの日を目前に体調が回復してくれた事を喜びながら、本調子でない体調を考慮して早めの就寝を心掛けようと考えながら浴室へ向かってみれば、何故か疫病神と呼んで嫌っている実姉が入浴中だった。
我が家のルールで夕方に父親、深夜に俺、朝に疫病神と利用時間が分配されているのに、何の断りもなく割り込んできていた事へ対して怒りを感じないはずがない。

顔の原型を失うほどに殴り飛ばしたい衝動を潰すように固めた拳は、長時間に渡る圧力で血の気が引いて白くなり、腕は詰まった血液で赤く染まりながら小刻みに震えていた。
病み上がりの体調で怒りを抑え込むだけでも毒となり、血圧も心拍数も急速に上昇して頭の血管が切れても不思議ではなかった。
それでも必死に怒りを抑え込んでいたのは、張り手の1つで首の骨を折り、拳の1つで内蔵を爆ぜさせ、指の1本で目玉を抉りそうな獰猛性が顔を覗かせていた。
致命傷を与えずに済む暴力が何一つとして思い浮かばず、そのいずれの行動も躊躇せずに実行できる冷徹さを持っている故に、一歩を踏み出すわけに行かないと必死だった。

そんな怒れる時は1時間を超えて、再び居選考の症状が出るのでないかと恐れるほどのストレスを受けた。
ただの入浴時間で大袈裟だと思われるかも知れないが、元旦から正月休みを全て棒に振る羽目となった食中りの原因も疫病神にある。
それだけに留まらない数々の自己中心的な行動による迷惑、それを全て我慢させられるストレスは過去に何度も胃袋へ穴を開けている。
数年来に続く嫌がらせの1つというべき愚行の1つあって、ただの入浴時間の話では済まされない事情がある。

そんな怒りを抱えたままで寝付けるはずもなく、気を何とか静めようと努力するも全く成果が上がらず、首を吊って自殺するイメージで意識を沈めていく方法を取るしかなかった。
こんなイメージ法を繰り返していれば、その内に妄想と現実の区別が付かなくなってしまう恐れがある。
しかし、そうでもしないと眠れないほどに苛立ってしまっているのだから仕方ない。

今日は仕事始めの日。
今はその帰り道だけど疫病神が居るだろう自宅へ行きたくない。
本当に憂鬱な気分での帰宅となっている。

気乗りせず 今日も帰宅が 遅くなる2013年01月08日 00時45分37秒

昨日の帰り道に疫病神の存在を考えると、自宅へ向かう気力が萎えてしまう拒絶反応が出てしまった。
当然ながら帰らないわけにもいかないから帰宅するのだけど、疫病神へ対する怒りは静まったのではなく忘れようと努力しているだけで、ちょっとした火の粉でも引火する状態にある。
現状の俺にとって疫病神が当然の顔で実家住まいを続けている事実さえ火種としては十分で、帰宅という単語だけでも怒りが沸き立ってきてしまう。

こんな心理状態が体調へ悪影響を及ぼさない訳がなく、帰宅の足を緩めて長々と寒空の下に居た影響も重なって、胃腸の調子を再び崩れただけでなく、朝から風邪っぽい症状まで現れたりと散々だった。
業務中にも何度か強烈な眠気に襲われていたし、定時後に夕飯を済ませての食休み中に意識を消失してしまい、21時過ぎまで机へ倒れ込んだまま過ごしていた。
意識を取り戻してから軽く休憩してから帰宅の途へと就いたのだけど、駅へ辿り就く前に気分が萎えてコンビニへ入ってしまい、終電という単語を聞きながらの電車へ揺られている。


昨日が仕事始めだったので11日ぶりに出社してみると、G社長の飼い犬ユウ君が階段の踊り場から駆け下りながら、威嚇するように吠えながら飛び出してきた。
俺の事を1週間ちょっとの期間で忘れていたらしいのだが、鼓膜へ突き刺さる鳴き声に怒りが一気に沸点を飛び越えて、本気の怒声で「だまれ」と吠え返してやった。
その瞬間に直前まで威勢の良かった姿が間善意消え失せ、耳を折り、足を竦め、階段の途中に居ながら上目遣いという情けない姿へ早変わりしていた。

ここ最近で笑える話と言えば、これくらいしか思い浮かばない。

新しい 心の癒し 探し中2013年01月09日 23時37分10秒

大好きだったニコアプリ「ぷちっと★ロックシューター」がサービス終了となってから、荒んだ心を癒してくれるミニゲームがないかと徘徊していた。
P★RSの元ネタとなるブラック★ロックシューターの携帯ゲームが始まり、似て非なる物ながら元より好きだった事もあり、PCのブラウザを携帯端末に偽装しんがらプレイし始めた。

B★RSアルカナというタイトルなのだが、タロットカードを集めてながら強化していき、その力で敵を倒していくといった典型的な携帯ゲームとなっている。
タロットカードの絵柄はB★RSのキャラクターでコレクションしたくなる美しさこそあるけれど、ゲーム性は熱中するタイプではなく、のらりくらりと緩く遊んでいく携帯ゲームらしい生温さが感じられる。
俺はPCから強引に遊んでいるけれど、元は携帯端末をターゲットとしている故に、ゲームにアニメーションも音楽もないシンプルなゲームとなっているので、癒し効果を全く感じられないのが悲しい所だ。

派手なアクションなど要らないけれど、可愛らしさなどの感情移入のできるゲームがほしかった。
そんな時にP★RSの元プレイヤーからニコアプル「わグルま!」を遊び始めたとの報告が入って、試しに参加してみると可愛らしいキャラクターが話し掛けてきたりと、心が癒される演出も詰まったゲームで気に入った。
ゲームは転生魔族と呼ばれる魔王見習いとなり、モンスターを使役しながら家具などを合成していくシステムとなっている。

従者となるモンスターを出掛けさせると、餌となるごはんや合成の素材を拾ってきてくれるので、それらのアイテムを使って世話したり、家具を作ったりとしていく。
P★RSにも似たり寄ったりの派遣システムがあったので馴染みやすくて、命令や世話をしてやる度に喋ってくれるので、ほんのりと心が癒される感じも心地よい。
ここ数日は疫病神の関連で苛立っていたけど、わグルま!のおかげで少しずつ怒りを忘れる事へ成功しつつある。

もう既に 喜ぶ気力 消え失せた2013年01月10日 23時57分33秒

去年12月の中旬にリンゴが届いたのだけど、例によって俺以外の誰もたべようとしないので、正月休みに少しずつ食べていこうと考えていたのだけど、元旦の朝食から食あたりを起こしていたので手付かずのままで残っている。
それどころか1週間に渡って視界へ入れる機会さえ無かったため、存在そのものを忘れかけている有様で、段ボールを見つけた瞬間は軽く頭を抱えたい気分になっていた。

果物が嫌いというわけでもないのだけど、毎年のように大量のリンゴやミカンを一人で食べていると、美味しいなどの感想を抱くより腐らせたら失礼だと義務感が先へ立ってしまう。
その義務感が心理的な負担となっているらしく、段ボールに詰まった果物を見ると緊張してしまい、面倒だと感じるのが常となっている。
こんな心境で食す行為は、腐らせるのと大差のないレベルで生産者の方々へ失礼だと思うけど、俺の中では段ボールへ積められた果物は1つのトラウマなので勘弁してほしい。

今でこそ20個ほどの小さな段ボールで届くようになったけど、4年ほど前までは100個ほど入っていそうな大きな箱で届いていた。
それも1箱を食べ終わったと喜んでいた翌日に、新しい段ボールが届いて絶望するなんて経験もあり、会社へ持ち込んで日毎に4つも食べる生活を続けた結果、箱詰めされた果物へ抵抗感を抱くようになったわけだ。
ご近所へ配るという選択肢があったなら状況も変わったかも知れないが、何処の家庭も似たような果物を抱え込んでいるために渡せず、結局は1人で食べ切るしかなくて辛いとさえ感じていた場面も少なくない。

今年のリンゴは15個ほど残っていいるので、おやつ代わりに2個ずつ食べていけば腐らせずに済みそうだから良いけど、もう少し受け取る方の事情を考えてほしいと言いたくなる。