[小説:闇に舞う者] part60 ― 2012年03月18日 17時54分51秒
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http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805
感覚のみで存在する世界に戸惑いながらも、安心できる居場所を見付けた事により、混乱が解けて記憶が蘇ってくる。
取り戻した記憶は映像を切り抜いた絵手紙のような形となって飛び交い、黒一色だった世界で咲く花のように散らばっていく。
何処を見渡しても何らかの記憶が目に入る状況まで至ると、どの映像も同じ人物が中央に据えられている事に気付かされた。
数多の記憶の中心に置かれた人物の名を少女達は知っていた。
呟くようにその名前を口にした瞬間、数多の絵手紙が旋風に巻き上げられた花びらの如く舞い始めた。
その旋風の中心で飛び交う記憶の欠片を眺めていると、見知らぬ記憶が多く混じっている事へ気付いた。
覚えのない欠片へ手を伸ばせば、触れると同時に弾けて消え、在りし日の記憶として心へ刻み込まれていく。
「これは君達の記憶?」
チェルニーが幾つもの記憶を受け取る中で感じた事を口にしてみると、体を支えてくれている者達が微笑んだように感じた。
「貴方はルワンに信頼されていたのね。凄く羨ましいわ。」
ティティスは記憶の持ち主へ対するルワンの視線に胸を躍らせ、同時に言いようのない悲しみも受け取って瞳を潤ませていた。
少女達に記憶を託している人物を知りたいと思い始めた直後、世界に新たな色で染まり始めた。
闇よりも更に重たい色が遙か彼方から吹き上がり、記憶の欠片で彩られた世界を一瞬で塗り潰していく。
突然の嵐へ必死に堪えている中で、支えとなっていた人物の表情が曇っていく様子を感じ取れた。
悲しみにも似た感情を零しながら、唯一の支えだった気配がゆっくりと薄れていく。
消えてしまうのかと焦りを感じた直後、悪寒と共に体の中へ何かが潜り込んでくる感触に捕らわれる。
何が起きているのかと混乱しながらも、必死に感覚を研ぎ澄ましてみれば、消えようとしている風に見えた事が錯覚で、本当は自分達の体へ沈み込んできているのだと判明した。
理解が追いつかない状況の中で生まれた恐怖という感情は、先程までの安息地だった存在を拒絶する。
意識ではなく本能的からの拒絶に対しても、相手の行動は変わらず、全身を軋ませる衝撃が駈け巡る。
苦痛は更なる恐怖を呼び覚まし、拒絶する力が増す毎に衝撃が大きくなっていく。
延々と増大していく苦痛に取り込まれて、自己を保つ事さえままならない状況へと陥っていく。
恐怖が絶望へと変わりそうになった瞬間、世界に一筋に光が差し込んできた。
懐かしく、そして心強さを備えた光から言葉が溢れ出す。
「ティティス・リアムレイド、チェルニー・ウィドール。抗うな、受け入れろ。そいつは俺の戦友だ。」
ルワンの言葉を聞いた瞬間、全身から不安や恐怖といった感情が消え去っていた。
心が落ち着きを取り戻した事で、体を浸食される不快感へも堪えられた。
改めて見てみれば、体を沈み込ませている者達も苦痛に顔を歪ませていた。
「名前を教えてほしいな。」
チェルニーが全身の力を抜きながら、必死の笑みを浮かべながら問いかける。
「私の名前はアリスと言うの。」
右足の少女が応える。
「アリシア。」
左足から短い言葉が届く。
「私はアリシアリスと言います。やっと名前を聞いてくれましたね。」
背中から包み込まれるような静かな声が届いた。
「貴方は誰? 私が知っている人なの?」
ティティスも背後に立っている人物へと問いかけると、澄んだ声が流れ込んでくる。
「名はルアル・ソリテルと申す。残念ながら、この名は『赤の書』に登場しない。」
向日葵のような笑顔を背中に感じながら、ティティスは再びルアルへ背中を預けるようにゆっくりと力を抜いていった。
次へ
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感覚のみで存在する世界に戸惑いながらも、安心できる居場所を見付けた事により、混乱が解けて記憶が蘇ってくる。
取り戻した記憶は映像を切り抜いた絵手紙のような形となって飛び交い、黒一色だった世界で咲く花のように散らばっていく。
何処を見渡しても何らかの記憶が目に入る状況まで至ると、どの映像も同じ人物が中央に据えられている事に気付かされた。
数多の記憶の中心に置かれた人物の名を少女達は知っていた。
呟くようにその名前を口にした瞬間、数多の絵手紙が旋風に巻き上げられた花びらの如く舞い始めた。
その旋風の中心で飛び交う記憶の欠片を眺めていると、見知らぬ記憶が多く混じっている事へ気付いた。
覚えのない欠片へ手を伸ばせば、触れると同時に弾けて消え、在りし日の記憶として心へ刻み込まれていく。
「これは君達の記憶?」
チェルニーが幾つもの記憶を受け取る中で感じた事を口にしてみると、体を支えてくれている者達が微笑んだように感じた。
「貴方はルワンに信頼されていたのね。凄く羨ましいわ。」
ティティスは記憶の持ち主へ対するルワンの視線に胸を躍らせ、同時に言いようのない悲しみも受け取って瞳を潤ませていた。
少女達に記憶を託している人物を知りたいと思い始めた直後、世界に新たな色で染まり始めた。
闇よりも更に重たい色が遙か彼方から吹き上がり、記憶の欠片で彩られた世界を一瞬で塗り潰していく。
突然の嵐へ必死に堪えている中で、支えとなっていた人物の表情が曇っていく様子を感じ取れた。
悲しみにも似た感情を零しながら、唯一の支えだった気配がゆっくりと薄れていく。
消えてしまうのかと焦りを感じた直後、悪寒と共に体の中へ何かが潜り込んでくる感触に捕らわれる。
何が起きているのかと混乱しながらも、必死に感覚を研ぎ澄ましてみれば、消えようとしている風に見えた事が錯覚で、本当は自分達の体へ沈み込んできているのだと判明した。
理解が追いつかない状況の中で生まれた恐怖という感情は、先程までの安息地だった存在を拒絶する。
意識ではなく本能的からの拒絶に対しても、相手の行動は変わらず、全身を軋ませる衝撃が駈け巡る。
苦痛は更なる恐怖を呼び覚まし、拒絶する力が増す毎に衝撃が大きくなっていく。
延々と増大していく苦痛に取り込まれて、自己を保つ事さえままならない状況へと陥っていく。
恐怖が絶望へと変わりそうになった瞬間、世界に一筋に光が差し込んできた。
懐かしく、そして心強さを備えた光から言葉が溢れ出す。
「ティティス・リアムレイド、チェルニー・ウィドール。抗うな、受け入れろ。そいつは俺の戦友だ。」
ルワンの言葉を聞いた瞬間、全身から不安や恐怖といった感情が消え去っていた。
心が落ち着きを取り戻した事で、体を浸食される不快感へも堪えられた。
改めて見てみれば、体を沈み込ませている者達も苦痛に顔を歪ませていた。
「名前を教えてほしいな。」
チェルニーが全身の力を抜きながら、必死の笑みを浮かべながら問いかける。
「私の名前はアリスと言うの。」
右足の少女が応える。
「アリシア。」
左足から短い言葉が届く。
「私はアリシアリスと言います。やっと名前を聞いてくれましたね。」
背中から包み込まれるような静かな声が届いた。
「貴方は誰? 私が知っている人なの?」
ティティスも背後に立っている人物へと問いかけると、澄んだ声が流れ込んでくる。
「名はルアル・ソリテルと申す。残念ながら、この名は『赤の書』に登場しない。」
向日葵のような笑顔を背中に感じながら、ティティスは再びルアルへ背中を預けるようにゆっくりと力を抜いていった。
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