一年を 表す漢字 「絆」だと?2011年12月13日 23時14分27秒

昨夜の21時頃から開かれた依頼主の会議により、追加機能の企画がまとまって企画流れという儚い希望は費えてしまい、心の折れそうな疲労を感じながら作業へ取り組んでいた。
新機能の追加だけで話が済んでいるならまだしも、既存機能の不具合報告も増え続けている状況になって、心が折れそうな絶望感に異様なテンションの浮き沈みを繰り返していた。

午前中は俺しか修正できそうもない厄介そうな修正へ着手して、午後から新機能の制作へ取り掛かったのだけど、例によって仕様書と呼べる資料は存在しないため、企画書と仮定義された関数から全容を推測するしかない。
ただでさえ制作時間が足りない状況なのに、システムの概要を理解する前に推察するという手間が入るため、思うように先へ進めないと嘆きながら手を動かし続けたけど、現状での感想は「終わると思えない」から変わっていない。

俺が新機能の制作作業へ取り掛かっている間に、G社長が簡単そうな不具合から修正してくれているけど、時間の経過と共に難易度の高い報告が多くなっているため、早くもどってあげたいけど目の前の壁は大きすぎる。
依頼主の方が今年に新たな拡張を考えたくないと言っているので、これ以上に新たな機能を作る負担を背負わされる事はないけど、現状でも開発時間に全く余裕がない状況であり、十分に死ねるレベルの忙しさを感じている。

そんな修羅場の中で心身共に疲弊していた今朝のこと、半死半生の面持ちで食事をしながらニュースを眺めていると、今年を表す漢字として「絆」が選ばれたと言っていた。
俺が震災直後から選ばれると予想していた「災」は2位だったそうで、微妙に綺麗な言葉が選ばれた事へ対して嫌悪感を覚えて、意味合いが悪いからと票の改竄があったのでないかと邪推していた。
確かに「絆」という言葉は頻繁に聞いた気がするけど、良く耳にした単語を選ぶなら流行語大賞へ任せればよくて、「今年一年を表す」という趣旨から考えると間違っている気がする。

10年後に見返して「絆」という漢字から何が連想できるか考えると、この言葉が頻繁に使われた理由を説明されなければ、東日本大震災や世界経済の混乱があった年だと思い出せないだろう。
そもそも「絆」という漢字だけでは世界経済が混乱していた事や、マニフェストを紙切れと呼び捨てた与党民主党など、数多ある混乱を見ない視野の狭さに落胆さえを覚えた。

第一に「絆」という漢字に相応しい制作の一つでもあったのか。
震災から半年以上が経過した現在において、被災地への関心を持ち続けているのか。
その辺を考えると、絆という言葉を飾るに相応しい年だとは全く思えなくて、俺はやはり嫌悪感と呼ぶべき感想しか持てない。