[小説:闇に舞う者] part252011年04月10日 20時40分39秒

初めての方はこちらの記事からお読み下さい。
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2010/09/20/5357805

チェルニーが涙を流し始めるのと同時に、ルワンは何も言わず静かに後退ると祭壇への道を空けた。
チェルニーは涙を拭おうともせず、真っ直ぐに祭壇を見据えながら歩を進めていき、床には足跡の代わって滴が点々と刻まれた。
祭壇の正面へ立ってから数秒の沈黙の後、深々と頭を下げた姿は凛々しささえ感じさせた。
「ありがとう。」
色々な想いが詰め込まれた一言は、しっかりとした濁りのない声で紡がれ、その一瞬だけ少女から一切の幼さが消えたように思えた。
「ありがとう。」
二度目の言葉を吐き出しながら顔を上げてから、ゆっくりとルワンの方へと向き直った。
「お兄ちゃんもありがとう。お話の続きがあるんだよね?」
少女の問いに頷いてから、独りだけ取り残されたかのように佇んでいたティティスに目配せを送った。
ルワンの視線を受けて、ティティスが少女の顔に刻まれた涙の筋をハンカチで綺麗に拭ってあげた。

「生け贄は結界を補修するために行われていたようだ。そして、生け贄の仕組みは後から追加された術式らしい。」
「作り直したのではなく、書き換えられているの?」
ティティスがあまりの驚きから思わず問い返した言葉に、ルワンがゆっくりと頷いた。
ティティスが驚きの表情を浮かべながら「信じられない」と言葉を漏らしていた。
話に取り残されていたチェルニーがティティスの服の袖を引っ張ると、ティティスが慌てて事情の解説を始めた。
「発動中の魔法の書き換えは不可能じゃないけど、最初から作り直した方がずっと簡単なの。だから、書き換える技術があるなら、補修に生け贄を必要としないはずなのよ。」
「それと結界を書き換えた奴も、その目的も見えない。技術レベルから考えて、今回の襲撃者と別人である事だけは確かだ。」
簡単な状況説明が行われた後、チェルニーの疑問へティティスが答える流れが暫く続いた。
ルワンはその様子を眺めながら、一人で増える疑問と向かい合っていた。

最初に村を調べようと考えた理由は、闇の森に守れていたはずの隠れ里が襲撃された原因を知るためだった。
闇の森は善悪の住まう場所を分断して接点を持たせない。
最初から特定の隠れ里を狙っていたとしても、そう易々と見つける事も近付く事もできないようになっている。
可能性があるとすれば、善であるべき存在に悪意が混じり、悪しき者の住まう領域へ近付いてしまった場合だった。
今回のケースで言えば、生け贄の儀式において犠牲となった人々の大半が、苦痛と憎しみを抱えて命を落としている事が悪意となっていたと考えられる。
そこまで納得できた代わりに、生け贄の術式が後から付け加えられた事実がより大きな疑問となって降り懸かってきた。
答えの見えない疑問の迷宮を目の前に、ルワンの出す答えはいつも決まっていた。
「考えるのが面倒だ。とりあえず、先へ進むぞ。」
そう言い放つと同時にティティス達へ背を向けると、ディーナを引っ張り出して床に座らせ、その正面に鋼鉄製のカードを置いた。

次へ
http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2011/04/17/5811887

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「このブログはどんな空間でしょう?
 ひらがな4文字でお答え下さい。」

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://crimson-harberd.asablo.jp/blog/2011/04/10/5796381/tb