あの時に 自分が居たら 何をする2009年06月09日 21時17分06秒

秋葉原の通り魔事件から早いもので 1年が経過したのだけど、朝のニュースを見ていても意外と当時を振り返るような特集が組まれていない。
当時は十分な殺傷能力を持つナイフを普通に購入できる事や献花台のお供え物を盗んでいくホームレスなどが問題になり、随分と長いこと紙面に秋葉原に関する話題が載っていた記憶があるのに、今ではすっかり風化しているようだ。
やはり秋葉原はオタク文化の中心地だから社会一般に卑下してみられる傾向が色濃く残っているため、掘り起こしてまで事件を振り返る事はしないのだろう。

かくいう俺もオタクに分類される人間ではあるけれど秋葉原へ足繁く通うようなタイプではないので、日曜のバーベキューの席で同窓生に言われるまで気付いていなかった。
それでも一般人に比べたら秋葉原への思い入れは強い方だし、何より事件が発生した 1時間後に現場入りしていた事から印象深い事件ではある。
ちなみに事件当日の秋葉原へ行った理由は野次馬目的ではなく、窓生を集めての飲み会へ参加するためで、どうせ秋葉原まで行くのだから少し店を見て回ろうと早めに家を出た結果だ。

事件当日について、歩行者天国はもちろん大通りが封鎖されていたから目的の店へ行くのに 3倍近い距離を歩かされた事が強く印象に残っている。
何やら秋葉原が大混乱しているとか報道されていたらしいが、それは野次馬が集まっていたエリアに限定された話で、普通に買い物をしようと迂回路を探しているオタクの姿は至って平常通りだった。
主要道路が封鎖されて右往左往としている連中も居たけれど、コミケという聖戦を体験している秋葉原の住人にしてみれば大した混乱ではなかったし、少し人の流れが悪い印象こそあったけれど「混乱」なんて言葉を使うレベルではなかった。

そのため事件の大きさを感じ始めたのは飲み会が終わって帰宅した後、テレビでの報道をじっくりと見てからだった。
正直なところ事件現場が封鎖された後の秋葉原は大勢の死傷者を出すような事件が起こっていたと感じさせる緊迫感は見当たらなかった。
ある意味ではそういった気配が消してしまうのが秋葉原という土地柄なのかも知れないが、現場から帰ってきた俺は何やら夢を見ているような不思議な気分だった事を今でもはっきりと覚えている。

もしも現場に自分が立っていたら何かが帰られたのではないか、そんな疑問を事件の後に何度となく考えた事がある。
今も事件を振り返っていて犯人が目の前に現れていたら、俺なら止める事ができたに違いないと思ってしまう。
普段から人通りの激しい歩行者天国のど真ん中で起きているから、事件が発生した事にさえ気付かない可能性も十分に考えられるけれど、普通の人より早く反応する自信はある。
もちろん犯人を確実に取り押さえる術も知っているし、救護活動へ参加できるだけの知識も持っている。

結果が出た後の言葉だし、実際に同じ状況を再現することもできないから戯れ言にしか聞こえないかも知れない。
それでも自分が現場に立つ事で救える人がいたかどうかは分からないが、試してみたいと思う気持ちに嘘はない。