日常に 溢れた音で 耳痛む2008年12月10日 20時42分00秒

昨日の勤務時間中にG社長が出していた騒音によるストレスは中耳炎という形で現れてしまったらしい事が昨夜に確認された。
その影響から今日は音に対して敏感になってしまって、都会での生活では何かと不自由をさせられている。
そんな状態だからこそ普段は気にしていない音の多さに驚かされる一日となっている。

特に酷かったのは鉄道関係で自分がどれ程に騒がしい日常を送っていたのかを思い知らされた。
ホームで電車を待っている間にも別のホームでは電車の出入りがあって、非常にうるさくて、音が頭の中に響くような感覚で気持ち悪かった。
電車に乗ってからも電車を動かす車輪の振動や空調の出す風の音が四方八方から飛んできていて、それこそ人混みにいるような身の狭さを感じた。
電車を降りてからは人混みに紛れての乗り換えがあって、足音だけでも眉が歪むというのにキャスターの着いた鞄を引きずる音が耳に刺さってきた。
特に点字ブロックの上を引きずっていく連中が近づくことさえできない不快な音だしていた。

日常において聞き慣れた音を無視して代わりに必要な音への感度を上げるという反応が起こっているのは知っている。
これはあくまでも聴覚を通っているものの認識しないだけで聞こえていない訳ではない。
つまり耳は普段から驚くほど多くの雑音を処理している事になるわけで、こんな環境にずっと晒されていれば耳だって疲れ果ててしまう。
こんな環境で耳が回復するのか歯疑問を感じるけれど、残念ながら自宅から職場までは自転車で片道 2時間だから電車を使わざる終えない。
仕方がない事とはいえ、少しやる気が失せてしまいそうな気分だ。

今日の職場は静かな午前を過ごすことが出来たのだけど、15時を過ぎた辺りから再びG社長のお父さんが騒音を立て始めてくれた。
時間にして30分少々だけど、相変わらずG社長は何もしてくれなくて、仕方なく両手で耳を押さえて嵐が止むのをじっと待っているしかなかった。
これが今日一日の中でもっとも強く苦痛を感じた時間だった。

さて、明日はどうなることやら・・・

すくすくと 子犬は育ち 飛び回る2008年12月11日 20時26分22秒

G社長の家族に加わったジャーマン・シェパードはまだ子犬と言うこともあって室内で飼われている。
午前中は俺達が 1階を間借りして仕事をしている事もあって、殆ど 2階で生活してもらっている。
元気が良くて遊びたい盛りなのか 2階を走り回っている足音を聞きながら仕事をする毎日だ。

元々が大型犬という事もあって成長が早くて、たまにしか会わない俺の目では見る度に一回りずつ大きくなっている感じだ。
成長の度合いは視覚以外にも要所に見られて、ここ最近では足音に重みが出てきて人の子供が走り回っているような音になってきている。
それと飼い主であるG社長によると、甘噛みの力が強くなりつつあって本気で噛んでいるのではないかと思う場面さえあるそうだ。

今日の昼休みに俺らが間借りしている部屋へ乱入してきたのだが、体力が有り余っているらしくて部屋の中を全力で走っていた。
部屋へ入ってきた時点でそれが犬だと分かっていたはずなのに、黒い毛並みと高速で移動する様から馬鹿でかいゴキブリのように見えて少しばかり恐怖を感じた。

どうやらT社員は定時を過ぎて俺が帰った後に犬と遊んでいるらしくて随分と慣れた様子だ。
犬が部屋へ乱入してきた時も最初にT社員の膝に前足を掛けて、顔をのぞき込むような仕草をする場面をよく目にする。
その後で俺の周辺で匂いを嗅いだりするのだけど戯れてくる事はあまりなくて、すぐに台所の方へと走っていく。
恐らくは俺がスーツであることからG社長が汚してはならないと、俺の方へ近づけないようにした事から遊んではいけない人物として認識されたのだろう。

ある程度の分別が付き始めた辺りを見ても成長の度合いが見て取れる。
飼い主として頭が良くなってくれる事らしいが、ずる賢くなっている印象の方が強いらしくて苦笑いを浮かべていた。
考えられるような頭の使いどころが親の理想から外れていて、ずる賢くなるというのは人でも犬でも同じらしい。

知恵熱に 腹の虫まで 騒ぎ出す2008年12月12日 21時10分59秒

今日は金曜だから池袋で寄り道をして趣味を全開にした買い物で憂さ晴らしをする日となっているのだが、会社を出る時点から空腹が腹が鳴っているという有様だ。
定時の 1時間ほど前に腹の虫が騒がしいというのはよくあるのだが、定時を過ぎてから空腹感に悩まされるというのは珍しい。

何か要因となるような事がなかったか、なんて事は考えるまでもなく心当たりがあったりする。
その原因とは仕事で作っている Flashのプログラムでバグが出てしまって、快活できずに頭を使いすぎた事だ。
要するに知恵熱を出しながら 1時間も悩んでいたら腹が減ってしまったということで、逆を言えばそれ程に難解な問題だった事を意味する。

今回のバグはどうにも不可解でパーツを単品でテストすると正常に動作してくれるのに、ここに作った部品を組み立てると途端に動作してくれなくなる。
コード上は特別なことをやっているわけでもなくて、常識的に考えて動かないはずがないと思っている事が上手くいかないのだから首を捻るばかりだ。
急ぎの案件でないにしても、ここまで不可解な動作をしてくれると気になって仕方なくて、帰宅の途についてもなお歩きながら原因を考えていた。

完全に煮詰まってしまって正常な思考が出来ているのかさえも怪しくなってきたから諦めて帰る事にしたのにあまり意味がなかったようだ。
もっとも、こういった反応は頭脳労働者の性という奴なので仕方がない、というか考える事を簡単に放棄するようになったら終わりだろう。
それに環境が変わった途端に新しい発想が出てくる事も良くあって、今日だって帰り支度を始めたら何か閃くのではないかと期待していた一面があった。
残念ながら驚きの発想は出てこなくて、駅が見えてきた辺りで少しだけ光明が見えた程度で留まっている。
ひとまず試してみるべき事項が出てきただけでも良しとすべき所だろう。

隙を見つけては仕事のことに頭を使いながらも、しっかりと趣味の方も楽しんできた。
空腹もあって全力で楽しんだと言えないが偶には程々で済ませるのも悪くないと少し不完全燃焼な自分に言い聞かせながら電車に揺られている。
その電車が前の電車が詰まっているのか何かで線路上に停車した時、何気なく外へ目をやってみた。
すると、窓から見えるギリギリの位置に「天然温泉露天風呂」と書かれた小さな看板があるのを見つけてしまって凄く気になった。

位置からすると立っていなければ見えないし、大きさからすると走行中の車内から見つける事は不可能だった。
何より不可解なのは「天然温泉露天風呂」としか書かれていない看板の存在理由にある。
温泉の名前もなければ何処にあるのといった情報も記載されておらず、それを見つけて得られるのは「何故、こんな場所に?」という疑問だけだ。

ただでさえ難解なバグに苦しんでいるというのに、帰り道で絶対に答えの見つからなそうな疑問を拾ってしまうとは我ながら素晴らしい運気だ。
それにしても、気になる。

休日を 風邪に潰され 思うこと2008年12月13日 21時44分55秒

今週も土曜の昼過ぎから足下に寒気を感じ始めて 1時間後に咳と鼻水といった諸症状も現れて、非常に分かりやすい風邪を引いてしまった。
幸いにして今回の風邪はグロッキーになるような重い症状でないから良かったのだけど、このところ毎週のように土曜は風邪に苦しんでいる。
日頃の溜まった疲れが出ているのか、休日だから気が抜けてしまった影響なのか分からないが、折角の休日を満喫できないという状況は面白い物ではないな。

俺は暑がりの汗っかきという体質を持っていて、冬場でも汗を掻くことが多いために風邪は引きやすい方ではある。
寒い季節では最寄り駅まで自転車を走らせてきて体が温まっているから通勤電車の暖房が暑すぎてサウナのように感じられる。
そんな暑い電車に40分ほど揺られた後で寒空の下へ放り出されて、汗が一気に冷めて暑さから背筋に響く寒さに震える羽目になる。
温度変化の激しさに加えて、暑さを堪える事によるストレスもあるから体調を崩しやすくて当然というわけだ。

だから、風邪を引くということ自体は珍しいことではなくて仕方がないことだと割り切っている面さえもある。
それにしても週末になると風邪を引く確率が増える事を疲れや気の緩みだけで片付けてしまうのは少し納得が行かない。
何か要因となるような事項はないのかと思い返してみると、金曜は普段と違った行動を取る場面が実に多いことが見えてきた。

例えば、金曜の夜といえば池袋で寄り道をして趣味を全開にした状態での買い物を楽しむのが恒例となっている。
池袋と言えば駅の中はもちろん路上も人混みが絶える事のない街だから風邪のウィルスを貰ってくる可能性は高くなるだろう。
買い物をしている店だって密集とは言わないまでもコンビニなどに比べたら人が多いし、捜し物などで 1時間くらい店内を徘徊したりもする。

それと金曜の恒例といえば、近所に住んでいる同窓生Toda氏と食事処「竹馬」で夕飯を共にするというのもある。
Toda氏や食事処が原因という事はないだろうが、人混みを抜けてきたというのに手洗いやうがいをせずに食事をしているのが気になる。
ちなみに、普段は帰宅してから着替えを済ませた後で手洗いとうがいをしているのに金曜だけはどちらも疎かになっている。
それも普段よりもウィルスが喉の粘膜に付着している可能性が高いという最も必要な日に限っての事となれば、風邪を引きやすいのも納得ができる。

実際に確定した訳ではないけれど、現状を見る限りでは帰宅後の手洗いやうがいは効果のあることのようだ。
元々は母親が寝たきりになっていた頃に、抗ガン剤で体が弱っている所で風邪を引かせる訳に行かないと始動された事がキッカケになった習慣である。
母親が他界してから強制ではなくなったのだけど、害悪のある事ではないので惰性で続けていた感じだったが少し真剣になってみようか。

冬の空 青く澄んでも 肌寒い2008年12月14日 21時12分00秒

今日は朝から雨が降っていた事に加えて、昨日の風邪が治りきっていなかったので静養する事にした。
外に出ると冷たい雨で凍え死んでしまいそうだが、室内はそれ程に寒くはなくて暖房を付けるかどうかで軽く悩んだくらいだ。
風がないことに加えて、雨雲が放射冷却を抑えてくれた結果、足下から来る冷気がないことが要因だと思われる。

そんな病み上がりの体に優しい天候だったけれど病み上がりという事で汗を掻かない程度に調整しながら暖房を点けておいた。
空模様を見てみると雨は数時間で上がりそうな気配が感じられて、昼過ぎなら出掛ける事もできそうだった。
最近はすっかり日が短くなっているから午後から遠出できないのが残念なところだけど、休日を自室での引き籠もりで終わらせるのは何処か悔しい。

それに昨日の午後は体調不良を感じて早々に帰宅してしたから買い物が少しばかり残っているし、これを口実に家をでるつもりだ。
とはいえ、雨が上がるまでは体調的に考えても外出はできないからPCの前に座って時間を潰していた。
そんな暇潰しはネットゲームで遊んでいた仲間が昼食にするといってログアウトしていったタイミングをキッカケにして終了した。
ちょうど青空が見えていて、視覚的にも出掛けたいと思える空模様だった。

そそくさと着替えを済ませて財布を片手に外へ出たのだが、ストーブで暖めていた衣類の熱は一陣の風であっさりと奪い取られてしまった。
雨上がり直後の風が冷たいことなんて予想できて当然だったのに、青空に夏のような暖かさなんて幻想を抱いていたから不意打ちを喰らった気分だった。
軽く身震いをしながら自転車に乗ろうとすると当然のようにサドルもハンドルも雨に濡れていて、その水を手で払いのけたら次の風で一気に冷やされてしまった。

何というか室内が快適だった事もあって、外へ出た瞬間の寒波が 2割增しくらいの威力に感じられた感じだ。
誤算だったこれだけに留まらなくて先週よりも更に昼が短くなっていて、15時で既に家々の屋根と同じ高さまで日が傾いていた。
更に悪い事は買い物へ向かう方角が西であったことで、低い日差しが眩しくて日を遮る建物や木々のある道を選んだら遠回りになってしまった。
運動不足の解消と考えれば悪くはないのだけど、病み上がりの体調に冷たい雨上がりの風というセットを考えると遠慮したい状況だった。

そんな不満を垂れ流しながら買い忘れた雑誌と母親の仏前に絶えず供え続けている菊の花を購入してきた。
菊の花は毎朝に水を交換してやったりすると 1ヶ月ほど保ってくれるので、花屋さんへ顔を出すのは今日で今年の最後となる予定だった。
そのため顔を覚えてくれてる店員さんがいればと期待したのだけど、残念ながら新人さんが一人で店番をしていたので挨拶はできなかった。

もっとも何か下心があるわけなく挨拶をしたからと言って割引があるわけでもないから、言うほどに残念な気分でなかったりする。
普段の日常の中で人と言葉を交わす機会が少ないから稀に何となく社交辞令的なイベントをしたくなる事があって、今日が偶々にその日だっただけのことだ。

そういえば、最近は弁当も自宅から持って行くようになったから弁当屋さんでの会話もなくなっているのか。
我ながら寂しい人生だと黄昏れてみた今日この頃でした。

騒音に 頭を痛め 挫けそう2008年12月15日 20時19分55秒

今朝は眠った感覚を全くないまま、昨夜遅くまで寝付けずに苦しんでいた記憶の次に目覚めの瞬間を迎えたので徹夜明けのような気分だった。
記憶はなくても眠っていた事は確かなようで仕事中に眠くなるのではないかといった心配は無用だったらしい。
休日開けの月曜日という事で寝溜めの効果もあっての事だと思うが、何より無事に仕事をすることができて本当に良かった。

今日は本当に調子が良くて先週末に解決できず苦労させられたバグも20分程度で解決することができたし、その後の作業も順調だった。
そんな好調がこのまま定時まで続いて、今日は万事が調子よく進んでくれると信じていたのだけど、そんな期待は見事に裏切られてしまう。
事が起こったのは日が傾き始めた16時、G社長のお父さんが犬小屋を作る作業が再開されて、大きな音を苦手する俺は騒音の影響で一気にグロッキーになってしまった。

ここ最近の不調は殆どが今日と同じでG社長のお父さんが出す騒音によるダメージ、それも連日のことで蓄積してより徐々に重傷となっていた。
今まで作業が開始されていた昼過ぎになっても作業が開始されていなかったから、今日は静かに一日が終わってくれるのだと思っていた。
何より状態が悪化の一途と辿っている俺を見て、G社長が止めてくれたのだ信じていたのだが違ったらしい。
何というか色々と残念な気分だ。

今日の好調が金槌の音で見事に砕かれた後は散々なもので、気分の悪さからディスプレイを見ることさえもできない状態だった。
途中で逃げるように外出したけれど、体力を消耗していた体に冷たい風が凍みて歯がガチガチと音を立てる場面まであった。
ひとまず作業が出来なくなるであろう日暮れまでコンビニで時間を潰して戻ったけれど、結局は作業を進められる程度まで回復してくれなかった。

ブログの記事を書いている今の現在でも電車の工藤音が頭に響くような不快感に苦しんでいる状態だったりする。
こんな帰り道が 2週間近く続いているとなると、限界の二文字が見え隠れし始める。
何とも言えない残念さを胸に帰宅する日々はいつまで続くのだろうか。

小さくも 数が多けりゃ 大騒ぎ2008年12月16日 20時07分50秒

今日は非常に単調な作業が混じってしまって、眠くなるし目が痛くなるしと散々で定時までに燃え尽きてしまった。
単調作業の原因は作成中のプログラムで似通った内容だからと複製を繰り返していた部品に記述ミスを見つかった事から発生した。
複製元にバグがあるのならコピーも同様の問題を抱えているから修正しなければならない、という簡単な話なのだが不具合が発生する条件が限定的であるため総点検を実施する羽目となった。

通常のプログラムならテキストで書かれたソースファイルに対して検索を行えば済むのだが Flashの場合はアニメーションの制御を行う部分などはテキスト検索ができない。
今回のミスも検索機能が利かない箇所にあったため、それこそ地道に 1つずつ点検していくしかなくて本当に辛かった。

修正内容は 1つ当たりに10秒も掛からない簡単な作業だが、対象ファイルは軽く80個を越えている上に 1ファイルに平均 3つほどの修正箇所がある。
合計で何回の修正作業を行う必要があるのかなんて余計な事は考えずに、ひたすら対象を探して修正する単調な作業を繰り返していた。
最初に修正対象となるファイルを全て開いてから作業を始めたけれどファイル一覧は絶望的な長さに感じられた。
そんな状態だったからファイルリストからスクロールバーが消えただけ、まだ10個ほど残っているのにも関わらず喜びの声を上げてしまった。

何とか定時ないに修正を完了させることはできたのだけど、目の疲れが酷くて眼球が肥大化しているような違和感が出ている。
それだけならまだ良いのだけど、奥の方からズンズンと響くような痛みまでしていて、目を開けているだけでも辛く感じられた。
これで目を瞑っていたら楽になるというのであればまだマシだったのだけど、残念ながら何をしていても痛みが和らぐことはないらしい。
恐らく冷やすか暖めるかすれば落ち着いてくれると思うのだが、自宅まではもう少し時間が掛かってしまう。

せめてもの救いはG社長のお父さんが犬小屋を制作する作業で出す騒音が控えめだった事だろう。
耳の調子は前日のダメージが残っているから万全とは言い難いけれど、随分と良くなってきてはいる。
ある意味では耳の調子がよい分だけ目の疲れが酷くなっている、という見方もできるか。
何にしても、今日は早々に帰宅してゆっくりと目を休めてやりたい。

快調に 作業が出来て 気分良し2008年12月17日 19時48分35秒

今日は別件で急ぎの案件が来たので、先週から掛かりっきりになっていたプログラムを隅っこに置いて新しい案件を先に片付けることにした。
今回の案件は映画の宣伝サイトに設置されるオマケコーナー用の Flashゲームでクリアすると壁紙をダウンロードできるようになる感じだ。

ゲームはトランプの神経衰弱と分かり易い仕様だった事もあってサクサクと作業が進んだ。
このところ煮詰まったり単調作業に追われたりしていたから、淀むこともなく快調に作業が進むのが楽しくて仕方がなかった。
楽しいと感じられた影響だと思うが、作業開始直後から頭の回転が良くて久しぶりに覚醒モードで作業へ没頭する事ができたし、文句の付け所が見つからない。
さらに今日の弁当は俺の好物である豚の生薑焼きだった事もあって、午後もペースを落とすことなく突き進むことができた。

今日は朝一番に停電騒ぎがあって不安なスタートを切っていて、何やら不穏な気配が感じられると溜め息を吐いていたのが嘘のようだ。
逆にいうと、これに調子が良かったりするとしっぺ返しが怖いとか言わなければならない自分が少し悲しいが、運がないのは今に始まったことではない。

今回の依頼で作成したゲームはトランプの神経衰弱を一人用にしただけのシンプルな内容だった。
通常と違うのはかオードの枚数が全部で15枚しかない事と 1枚だけ混じっているジョーカーを引くと残っているード枚数はそのままにシャッフルされる上にミスが 3回までしかできないという鬼仕様くらいだろう。
ゲームの仕様はクライアントが決めているから、こちらで頭を悩ませる事ではないが厳しすぎてゲームをクリアした時の動作確認を取るのに苦労させられた。

何よりお手つきが3回までしかできないというルールが非常にキツくて、最終的に残機が減らないように設定してテストをしたほどだ。
何がそんなにキツいのかというと 3回までしかお手つきが認められないというルールがとにかく厳しかった。
使用されるカードは15枚だからジョーカーを含めて 8種類のカードが存在する事になる。
しかし、お手つきが 3回までとなると 6枚までしか絵図面を見ることができないのだから辛いに決まっている。

この辺の内容は今後の回収内容として入ってきそうな気がする。

空腹を 堪えた末に 悪夢あり2008年12月18日 22時28分30秒

昨夜の夕飯は野菜と水餃子のスープやおでんといった水分の多い目乳ばかりで弁当へ入れるおかずに困ってしまった。
夏場でないから水気が多くても腐る心配はないけれど、水分量が多い料理は見掛けに対して実質量が少ないから弁当には不向きだ。

普通の食事であるなら数回に分けて皿へ盛ることで量を食べる事ができるけれど、弁当になると入れる寮が限られてしまう。
そうなると目一杯に詰め込んでも大半が水分担ってしまって、腹を満たせるかどうか不安になってくる。

腹持ち悪さという致命的な不安はあったのだけど、弁当のために 1から料理を作るのが面倒くさくて、昨夜の夕飯から弁当を作って持っていた。
そして、今日の昼飯に問題の弁当を食べたのだけど当然のように腹持ちが悪くて、定時の 2時間ほど前から空腹が襲ってきて大変だった。
腹持ちの悪さを懸念していたから空腹そのもので苦しかった訳ではなくて、妙なテンションの上がり方をしてしまって自制するのに苦労した感じだった。

今日の帰り道は買い食いの衝動を抑え込んだり、行き過ぎた空腹が引き起こす腹痛に耐えたりと忙しかった。
特に電車を乗り換える際にパン屋や立ち食いそばの香りが漂う地帯を通過する時は息を止めていこうかと思ったほどだ。
残念ながら危険地帯と意識するあまりに問題の場所へ近付いただけで腹が反応してしまったから意味がなかった。

そんなこんなで苦労して帰宅したのだが、今日の夕飯は俺一人なので帰宅直後に食事へ有り付くことはできず用意するのに30分ほど掛かってしまった。
当初の予定は冷蔵庫の中から出来合いの料理を探し出して味付けを変えた程度で済ませるつもりだったが、それだと明日の弁当に困ってしまうので適当な物を作ろうと考えた。
ここまでは正常に判断できていたと思うのだけど、如何せん弁当が物足りなかった事による空腹感のせいか 1人分を遙かに超える量の食事を用意してしまった。

最初は弁当の分を考慮して多めに作ろうとしていたはずなのだけど、気が付くと自分でも呆れるほどの食事がテーブルに並んでいた。
テーブルに並べる直前まで足りるかどうか心配していたのだから恐ろしい。
もちろん弁当へ回したりして夕食の量を減らそうと試みたけれど、弁当箱に入る寮は有限だから溢れてしまった分は頑張って食べるしかない。
基本的に残す事を嫌うタイプなので頑張って食べたけれど 2人前近い量の食事は多すぎて、今食べ過ぎで気持ち悪さを感じている。

空腹で感覚がおかしくなっていたとはいえ、我ながら随分と馬鹿な事をした物だと呆れてしまう。
苦しい思いをするくらいなら帰り道に肉まんの 1つでも買って、腹を落ち着かせれば良かったと後悔するばかりだ。

重ささえ 楽しく思う 上機嫌2008年12月19日 22時26分17秒

今日は定時を過ぎてから幾つか修正依頼のメールが届いてしまって、少し退社時間が遅くなってしまった。
しかも、G社長のお父さんが業務時間中に犬小屋の制作を始めてくれて騒音によるダメージを受けていたから辛い残業だった。
もう少しで完成するらしいので、今週末で制作を終わらせてくれる事を切に願う。

そろそろ体調が保たない事もあるが、騒音により作業ができなくなるストレスで精神的にも参ってしまいそうだ。
むしろ、完成していなかったら平日の昼間に大きな騒音を出しておいて、しっかりと休日は休んでいた事になる。
そうなったら、さすがに我慢の限界を越えて相当な荒れ方をする事になると予想されるから是非に頑張ってもらいたい、というか頑張りやがれだ。

こんな感じで少しばかり不機嫌モードでの退社となったのだけど、今日は金曜の夜ということで池袋で憂さ晴らしの寄り道をする日だ。
今週は楽しみにしていたコミックが何冊も出版されていたからビジネスバックへ詰め込むのに苦労した。
ひとまず鞄から弁当箱と財布を追い出してスペースを作ったら何とか収める事が出来たけれど、殆ど限界まで詰め込む形となった。

数にして 8冊の本はずっしりと手に来る重さが不思議と気持ちよくて、気分はホクホクと暖かくなっていた。
その一方で財布の方は隙間風の吹き込む悲しい状況となっているけれど、今は楽しくて嬉しいことだけを見ていたい気分だ。
平たく言ってしまえば現実から目を背けているわけだけど、金がないと悩む時はそう遠くない未来に待っているのが分かり切っている。
それなら溜まったストレスを発散するという目的がある今日に悩まなくても良いのではないかと思う。

それにしても不思議なのは鞄の重さが心地よいとか感じている自分の神経だ。
重さを心地よく感じるという場面なんて親戚の子供に抱きつかれている時しか記憶にない。
ストレス発散の重要なアイテムという認識はあるけれど、父性本能に近い愛おしさをコミックに感じているのかと言われると少し疑問を感じる。
確かに納得してしまいそうな一面はあるけれど、どちらかと言えばノリでそうなっている気がするな。